1. はじめに
電気自動車の普及とその重要性
近年、電気自動車(EV)がカーボンニュートラル社会の実現に向けて急速に普及してきています。
昔は、電気自動車と水素自動車(FCV)のどちらがクリーンエネルギー自動車の覇権を取るのか?ということが話題になっていましたが、最近ではEVがリードした形になっていますね。
特に、乗用車ではEV、トラックやバスなどの大型車ではFCVという棲み分けがメインストリームになっています。
ただし、電気自動車にはこれまでのエンジン自動車にはなかった様々な課題があります。今回紹介する「熱マネジメント技術」もEVの課題を克服するための重要な要素技術の1つです。
熱マネジメントの役割
まず最初に、「熱マネジメント技術」の役割について概要を解説します。熱マネジメントをもっと簡単な言葉に言い換えると、「自動車の内部の熱をコントロールする」ということです。
自動車の内部が熱くなり過ぎている場合は冷却をして、寒くなり過ぎている場合は加熱をしますが、これらはどちらも熱マネジメントをしているわけです。
2. 電気自動車の熱マネジメントとは?
EVの熱マネジメントの重要性
では、ここからはEVにおける熱マネジメントについて解説していきます。
EVの熱マネジメントにおいて最も重要な部品は「バッテリー」です。このバッテリの温度を如何に熱マネジメントできるかということが、各自動車メーカーの技術競争になっています。
では、なぜバッテリーの熱をマネジメントしなければならないのでしょうか?
その答えは、バッテリーは自身の温度が高過ぎたり、低過ぎたりすると、内部の電解質が劣化してしまうためです。劣化の進んだバッテリーは満タンに充電をしても、新車の頃のような航続距離を出すことができず、すぐに充電がなくなってしまいます。
各自動車メーカーはブランド価値低下を防ぎたい
そうなれば、ユーザーの使い勝手に大きな悪影響が出てしまいますよね?そして、最終的にはそのブランドのイメージの低下につながるわけです。
「ここのメーカーのEVはすぐにバッテリーが劣化して、走れなくなる。次に買い換えるときは別のメーカーにしよう。」このようなブランド価値の低下が自動車メーカーが最も恐れているシナリオです。
従来のエンジン自動車との違い
従来のエンジン自動車と電気自動車の一番の違いは、クルマの内部に大きな熱源を持っているか持っていないかの違いです。
電気自動車には、エンジンという非常に大きな熱源がないため、自由に使える熱が限られてしまうのです。そこで、少しでも貴重な熱を有効活用するために、熱マネジメント技術が重要視されています。
例えば、複数の部品を同時に冷却するための冷却機構設計。それを適切に動かすための制御技術。熱を無駄にしないための伝熱技術・断熱技術。これらはすべてEVの重要な熱マネジメント技術です。
3. 主要な熱マネジメントのコンポーネント
バッテリー熱マネジメントシステム
バッテリの冷却方式
最も重要なのは前述したとおり、バッテリーの熱マネジメントです。
バッテリーの温度が高いときは、冷却をして温度を下げなければなりません。冷却方式は大きく3種類あり、①空冷、②水冷、③冷媒冷却があります。
空冷・水冷・冷媒冷却の違い
空冷とは、空冷ファンで風を当てることによって冷却する方式です。空冷は最もシンプルな冷却方式であり、低コストで冷却をすることができます。
水冷とは、ウォーターポンプで冷却水を流してバッテリーを冷却し、ラジエーターで放熱させた後再びバッテリーに返すというやり方です。
冷媒冷却とは、エアコン(空調)の原理を利用して、冷たい冷媒でバッテリを冷却する方式です。この冷媒冷却が3つの中で最も冷却能力の高い方法になります。
それぞれメリット・デメリットがあるため、自動車メーカーはバランスを取りながら冷却方式を選定しています。
モーター・インバーター熱マネジメント
もちろん、モーターやインバータの熱マネジメントも重要です。
特に、インバータは部品のサイズが小さいため、少ない発熱でも温度が急激に上昇しやすい傾向があり、熱マネジメントが重要になります。(熱容量が小さいため、発熱量に対する温度変化が敏感)
そこで、モーターやインバーターも適切な温度に熱コントロールがされています。一般的に、モーターやインバーターは空冷か水冷が一般的で冷媒冷却が適用されることは少ないです。
インバーターにはヒートシンクと呼ばれる熱を逃しやすい部品を付けることによって、熱が溜まらないようにしているケースがあります。
空調による車室内の温度調整
EVとエンジン自動車の違い
最後に、車室内の熱マネジメントです。
これは空調技術と関連する部分になります。冷房の場合は、従来のエンジン自動車と同様に、エアコンサイクル(冷凍サイクル)を使って車室内を冷房しています。
EVとエンジン自動車で違うのは暖房です。エンジン自動車の場合は、エンジンという大きな熱源があるため、暖かい冷却水をヒーターコアで熱交換させ、暖房された空気をエアコンの吹き出し口から出していました。
しかし、EVの場合は①ヒートポンプサイクルか②PTCヒーターのどちらを使用することが一般的です。
ヒートポンプサイクルとPTCヒーターのメリット・デメリット
ヒートポンプサイクルとは、冷凍サイクルの逆サイクルであり、コンプレッサで圧縮した後の高温の冷媒で暖房するやり方です。
一方、PTCヒーターとは電気式のヒーターのことであり、電気エネルギーを熱エネルギーに変換して暖房しています。
ヒートポンプサイクルのメリット・デメリット
ヒートポンプサイクルの最大のメリットはエネルギー変換効率(COP)が非常に高い点です。例えば、COP=1.5の場合は、コンプレッサの仕事量1kWに対して、1.5kWの暖房能力が得られるということになります。
少ない消費電力で大きな暖房エネルギーを得られるということは、EVの航続距離にも大きな影響を与えます。
現在は、エアコンを使用すると航続距離が著しく低下してしまうという課題がEVにはあります。そこで、COPの高いヒートポンプサイクルで暖房することにより、その航続距離の低下を最小限に抑えることができます。
しかし、ヒートポンプサイクルにもデメリットが存在します。それは、コストが非常に高いことです。ヒートポンプサイクルを構成するためにはたくさんの部品が必要になり、車両のトータルコストを圧迫します。
また、ヒートポンプサイクルでは冷媒を作動流体として利用しますが、その冷媒もコストが非常に高いという問題があります。現在は地球温暖化への配慮から、従来のR-134aからHFO-1234yfに冷媒が移行していますが、このHFO-1234yfは非常にコスト高です。
最近では、「PFAS規制」と呼ばれるフッ素化合物に対する使用規制が欧州から発表されたため、将来的にはエアコン冷媒もフッ素系冷媒から自然冷媒に変化していく可能性もあります。
PTCヒーターのメリット・デメリット
PTCヒーターのメリットは、暖まるまでの時間が非常に短いということです。暖房をONしてからすぐに暖かい空気が出てきます。
しかし、デメリットはヒートポンプサイクルと比較するとエネルギー変換効率が非常に悪いということです。電気エネルギーを熱エネルギーに変換しているだけなので、COPは絶対に1未満にしかなりません。
したがって、PTCヒーターで暖房をずっとしていると、EVの航続距離はどんどん短くなっていってしまいます。
4. 今後のEV熱マネジメント技術のトレンド
統合型熱マネジメントシステムが今後の技術トレンド
今後のEV熱マネジメント技術で要求されることは「統合型熱マネジメントシステム」です。
統合型熱マネジメントシステムとは、それぞれの部品を個別最適するのではなく、すべての部品の温度コントロールが全体最適されるシステムのことを指します。
電気自動車業界をリードしている「テスラ 」は「オクトバルブ」と呼ばれるタコの足のように流路切り替え機構によって、この統合型熱マネジメントを実現しています。
個別最適熱マネジメントシステムのデメリット
部品それぞれの個別最適熱マネジメントとは、いったいどのようなことなのかをもう少しわかりやすく説明しましょう。
例えば、バッテリは40度にコントロールするようにウォーターポンプを回して水冷冷却、モーターとインバーターは50度にコントロールするように空冷ファンの回転数をコントロール、車室内は25度になるように冷凍サイクル(コンプレッサ)を動かします。
このような熱マネジメントシステムのことを「個別最適熱マネジメントシステム」と呼びます。それぞれの部品が別々の冷却方式を採用していて、それらがバラバラに動いている状態ですね。
個別最適のデメリットは、熱マネジメントで使える熱エネルギーが不足する可能性が高いということです。個別最適ではエネルギーの奪い合いになってしまうのです。
バッテリは自分の温度を下げるために、たくさんの冷却エネルギーを欲しがる一方、モーターやインバーターもそれぞれの温度を下げたいのでエネルギーを奪い合うことになります。
エンジン自動車では、エンジンから発生する熱が大量にあったので不足することは少ないですが、電気自動車の場合は熱源がないので不足してしまいます。
統合型熱マネジメントシステムのメリット
統合型熱マネジメントシステムのメリットは、自動車全体で使える熱エネルギーを把握した上で、ある優先順位を持って部品の熱マネジメントができるということです。
例えば、クルマ全体で10kWの冷却エネルギーを生み出せるということを先に把握した上で、その10kWをそれぞれの部品に何kWずつ配分していけばいいのかと考えることができるのです。
すると、優先度の高い部品は多めに配分して、優先度の低い部品は少なめに配分するということが可能になります。結果的に、クルマ全体のポテンシャルをオーバーしないように、上手く全体の熱マネジメントを実現することができるのです。
この記事のまとめ
最後に、今回の記事の内容を以下で簡単にまとめていきます。
- 電気自動車(EV)では熱源が少なくなるため、従来のエンジン車よりも熱の管理(熱マネジメント)が重要視されている。
- 特に、熱マネが重要な部品が航続距離に直結するバッテリーである。
- バッテリーの冷却方式は、空冷・水冷・冷媒冷却の主に3種類の方式があるが、それぞれ一長一短。
- 空調の熱マネもEVでは非常に重要な開発課題であり、暖房にCOPの優れている「ヒートポンプサイクル」の採用が進んでいる。
- 今後のEV熱マネのトレンドは、1つの制御器でクルマ全体を熱マネする「統合型熱マネジメントシステム」
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