今流行の水素エンジンの仕組みを知りたい
トヨタは、「AE86」通称ハチロクを水素エンジン仕様に改造して披露しました。既存の4A-GEUガソリンエンジンを水素エンジンに改造しており、点火プラグやインジェクターの最低限の変更に留めているようです。
トヨタ自動車が水素エンジンの市販化を加速
トヨタが水素エンジンの市販化を加速することを発表しました。
これまでトヨタはサーキット場などで試験的に水素エンジン車を走らせてきましたが、いよいよ市販化を目指すとの報道がありました!
また、東京都市大学が水素エンジンの出力がディーゼルエンジンと同等レベルに上げることに成功したという報道もありました。2026年からトラックなどの大型車への適用を目指して、さらに開発を進めています。
そこで、今回の記事ではそもそも水素エンジンってどんなエンジン??という疑問にお答えしていこうと思います!!
まず初めに、同じ水素を燃料として使うパワートレインとして燃料電池と水素エンジンの2種類があるので、それらの仕組みと違いに説明をしていきます。
次に、水素エンジンと従来のガソリンエンジンとのメリット・デメリットを自動車開発エンジニアの視点で比較していきます。
私は現役の自動車開発エンジニアです
私は現在、自動車メーカーで開発職をしている現役エンジニアです。
これまで電気自動車、水素自動車、エンジン開発、機械学習・ディープラーニングなどのAI開発など幅広い技術開発に携わってきました。


今回は、エンジニアの視点から水素エンジンの仕組みとメリット・デメリットについて解説をします!
水素エンジンの仕組み
そもそもエンジンの仕組みとは?
まず、そもそもエンジンとはどのような部品なのかを解説します。
エンジンとは、燃料を爆発(化学反応)させて、そこから得られるエネルギーを回転エネルギーに変換するための部品です。
エンジンには、ガソリンエンジン・ディーゼルエンジン・水素エンジンなどの種類がありますが、これらの違いは燃料です。ガソリン(レギュラー、ハイオク)・ディーゼル(軽油)・水素と空気中に含まれる酸素を化学反応させて、エネルギーを抽出します。
自動車に採用されるエンジンは4つの行程(吸気行程、圧縮行程、膨張行程、排気工程)を繰り返すことで、連続して回転エネルギーを生み出し続けています。
水素エンジンは燃料を水素に置換したエンジン
水素エンジンは従来のエンジンの燃料だけを水素に置換したエンジンです。
したがって、エネルギーを生み出す原理はガソリンエンジンやディーゼルエンジンとまったく同じであり、水素と酸素が化学反応して水が生成されるときのエネルギーを利用しているのです。
従来のガソリンエンジンと水素エンジンの違い
ガソリンエンジンと水素エンジンは、それぞれの利点と限界を持っており、これらの違いを理解することは自動車業界の未来を見据える上で重要です。この記事では、ガソリンエンジンと水素エンジンの主要な違いを技術的な観点から詳細に解説します。
エネルギー源と動作原理
ガソリンエンジン
- エネルギー源: ガソリン
- 動作原理: 内燃機関。ガソリンと空気の混合物を圧縮し、点火プラグで点火して爆発させることにより動力を得る。
水素エンジン
- エネルギー源: 水素
- 動作原理: 水素を燃料として使用するが、その方法には大きく分けて二つある。一つは内燃機関で、ガソリンエンジンに似ているが、燃料として水素を使用する。もう一つは燃料電池を使用し、水素と酸素の化学反応を利用して電力を生成する。
環境への影響
ガソリンエンジン
- 排出ガス: 一酸化炭素、二酸化炭素、窒素酸化物、未燃焼炭化水素などの有害物質を排出。
- 環境への影響: 地球温暖化の主な原因の一つとされる。
水素エンジン
- 排出ガス: 水素エンジンの排出物は主に水蒸気。しかし、水素の製造過程での環境への影響は留意が必要。
- 環境への影響: クリーンエネルギーとしての潜在力が高いが、水素の生産方法によっては環境への影響が変わる。
効率とパフォーマンス
ガソリンエンジン
- エネルギー効率: 約25%〜30%。大部分のエネルギーが熱として失われる。
- パフォーマンス: 高いトルクと加速性能を持つ。
水素エンジン
- エネルギー効率: 水素の内燃機関はガソリンエンジンと似た効率。燃料電池の場合、40%〜60%と高効率。
- パフォーマンス: 内燃機関タイプはガソリンエンジンに近いが、燃料電池タイプは異なる動力特性を持つ。
経済性と普及
ガソリンエンジン
- コスト: 現在の主流。インフラと製造コストが安定しており、広範囲に普及。
- 普及: 既存のインフラを利用可能。
水素エンジン
- コスト: 高い。水素の製造、輸送、保管に関わる技術が高価。
- 普及: インフラの構築が必要。現在はまだ限定的。
まとめ
ガソリンエンジンと水素エンジンは、それぞれに利点と欠点があります。水素エンジンは環境に優しいが、経済的な面での課題が多いのに対し、ガソリンエンジンは現在の技術とインフラに基づいて広範囲に普及しています。将来的には、これらの違いを理解し、それぞれの長所を活かした持続可能な輸送手段の開発が求められているでしょう。
燃料電池と水素エンジンの違い
燃料電池と水素エンジンは、両者とも水素をエネルギー源とする点で共通していますが、その動作原理と応用において大きな違いがあります。この記事では、これらの技術の違いをもっと具体的に、技術的な観点から網羅的に解説します。
燃料電池は化学エネルギー⇨電気エネルギー⇨運動エネルギーに変換
燃料電池は水素と酸素の化学反応(水の電気分解の逆反応)を利用して、エネルギーを取り出す機能を持っています。$$\mathrm{2H_2+O_2\rightarrow 2H_{2}O}$$この化学反応によってエネルギーを取り出すという意味は2つ水素分子と1つの酸素分子で存在するよりも2つの水分子で存在するほうがより少ないエネルギーで存在できる(安定している)からです。
反応前後のエネルギーの差を電気エネルギーとして抽出して搭載されているバッテリに蓄えます。そのバッテリの電気エネルギーをモーターで運動エネルギーに変換してタイヤを回転させるのが燃料電池自動車の仕組みです。
水素エンジンは化学エネルギー⇨運動エネルギーに変換
一方、水素エンジンは水素と酸素の化学反応からエネルギーを取り出すという意味では燃料電池と共通しています。
しかし、燃料電池との違いは水素と酸素の化学エネルギーを電気エネルギーに変換することなく、直接運動エネルギーに変換できるという点です。
水素エンジンは従来のガソリンエンジンの構造を踏襲したまま、燃料だけをガソリンから水素に置換しています。
そのため、ピストンで圧縮して高温になった水素と酸素を爆発的に化学反応させ、クランクシャフトで直接的に回転運動エネルギーに変換してタイヤに動力伝達できます。
基本的な動作原理
燃料電池
- 原理: 水素と酸素の化学反応を利用して直接電気を生成する。
- 主要部品: アノード(水素側電極)、カソード(酸素側電極)、電解質膜。
- 反応: 水素はアノードでイオン化され、電子を放出。電子は外部回路を通り、電気エネルギーとして利用される。一方、水素イオンは電解質膜を通過し、カソードで酸素と反応して水を生成する。
水素エンジン
- 原理: 伝統的な内燃機関を改良して、水素を燃料として燃焼させる。
- 主要部品: シリンダー、ピストン、点火プラグなど、従来のガソリンエンジンと類似。
- 反応: 水素は空気(主に酸素)と混合され、圧縮された後、点火プラグにより点火され、爆発的な燃焼を起こしてピストンを駆動する。
エネルギー効率と環境への影響
燃料電池
- エネルギー効率: 約40%〜60%。熱エネルギーの損失が少ない。
- 環境への影響: 排出物は水のみで非常にクリーン。ただし、水素の製造方法によっては環境影響あり。
水素エンジン
- エネルギー効率: 燃料電池より低く、25%〜30%程度。
- 環境への影響: 排出ガスは水蒸気だが、燃焼過程でNOx(窒素酸化物)が発生する可能性あり。
応用と普及の現状
燃料電池
- 応用: 主に水素電気自動車(FCV)に応用される。
- 普及の現状: 高価であり、水素供給インフラの限定性から普及は緩やか。
水素エンジン
- 応用: 既存の内燃機関車両の改良や特殊車両での使用が見られる。
- 普及の現状: 水素供給インフラの問題は共通だが、既存のエンジン技術を活用できる点が利点。
技術的な課題と将来性
燃料電池
- 課題: 高コスト、耐久性、水素供給インフラの整備。
- 将来性: クリーンなエネルギーとして高い潜在性。技術の進化とコスト削減により普及が期待される。
水素エンジン
- 課題: NOx排出、エネルギー効率の向上、水素供給インフラの整備。
- 将来性: 既存の内燃機関技術との親和性が高いが、環境面での課題が残る。
まとめ
燃料電池と水素エンジンは、同じ水素を燃料としながらも、その利用方法と技術的な挑戦が大きく異なります。両者はそれぞれに長所と短所を持ち、未来の持続可能なエネルギー源としての役割を果たすためには、これらの違いを理解し、それぞれの技術の発展を促進する必要があります。
水素エンジンのメリット
既存のエンジン技術が応用できる
水素エンジンの最大のメリットは、これまでの長い間培ってきたガソリンエンジン、ディーゼルエンジンの技術をそのまま水素エンジンに応用できることです。
もちろん燃料性状が異なると燃焼の物理特性も変わるので、そのまま応用することは難しいですが、本質的な考え方は水素エンジンになっても共通です。
また、既存エンジンを利用できることによって生産コストの低減にもつながります。
例えば、燃料電池自動車を生産するとなれば、生産工場内に燃料電池専用のラインを引かなければなりません。なぜなら、燃料電池自動車とエンジン自動車は同じラインで生産できないからです。新しいラインを引くことは莫大なコストが掛かってしまうので、車両価格も上がってしまいます。
しかし、水素エンジンなら部品構成が従来のガソリンエンジンと共通している部分が多いので、ガソリンエンジンと同じラインで水素エンジンを生産することができ、コスト低減効果が非常に大きくなります。
水素はガソリンよりも比熱比が高く理論的に熱効率が高くなる
ガソリンエンジンの理論サイクルであるオットーサイクルの熱効率は、圧縮比と比熱比の2つの因子だけ決定されます。
つまり、エンジンの熱効率(=燃費)は圧縮比と比熱比を高くするほど向上していきます。
水素はガソリンよりも比熱比が非常に大きく、理論的に熱効率を高められるポテンシャルがあります。比熱比は分子数が少ないほど高くなる傾向にあります。水素は\(\mathrm{H_2}\)なので2原子分子ですが、ガソリンは\(\mathrm{C_{8}H_{16}}\)であり、非常に多くの原子から構成されているため比熱比は小さくなります。
比熱比が大きいということは、燃焼させたときにより膨張しようとする力が強くなることを意味します。エンジンはシリンダー内のガスが膨張するときのエネルギーを回転エネルギーに変換するので、比熱比を大きくすることは重要なのです。
したがって、比熱比の高い水素を燃料にできる水素エンジンは理論的に熱効率を高められるポテンシャルがあるのです。
環境への優しさ
低排出ガス
- 水蒸気の排出: 水素エンジンの主な排出物は水蒸気であり、従来の炭化水素燃料に比べて環境汚染が非常に少ない。
- 低NOx排出: 水素燃焼時の窒素酸化物(NOx)の発生は、適切な燃焼管理により大幅に低減可能。
再生可能エネルギーの活用
- 水素の製造: 水電解や再生可能エネルギーを利用した水素製造が可能。これにより、全体的な環境負荷を低減できる。
エネルギー効率と性能
効率的なエネルギー変換
- 熱効率の向上: 高効率の燃焼システムにより、伝統的なガソリンエンジンに比べて熱効率が高い可能性がある。
性能の向上
- 高い出力: 水素の燃焼速度はガソリンより速く、高いレスポンスとパワーを実現可能。
- 運転性の改善: 一定の条件下では、水素エンジンは滑らかな加速と優れた運転性を提供する。
経済性と普及
既存インフラの活用
- 既存技術の応用: 水素エンジンは既存の内燃機関技術を基に開発されるため、製造コストの削減が期待できる。
- 柔軟な燃料供給体系: 水素供給インフラの開発が進めば、ガソリンとの併用も可能になり、柔軟な燃料供給体系が構築できる。
長期的な経済性
- 燃料コストの削減: 水素の価格が安定すれば、長期的には燃料コストの削減が見込める。
技術的な挑戦と将来性
技術的な挑戦
- 高い燃料純度要求: 水素エンジンは高純度の水素を必要とするため、製造・供給プロセスの改善が求められる。
- 安全性の確保: 水素の取り扱いには特別な注意が必要であり、安全性の確保が重要。
将来性
- 技術の進化: 水素エンジン技術の進化により、これらの課題が克服されれば、持続可能な輸送手段としての役割が期待される。
まとめ
水素エンジンは、環境への影響が少なく、エネルギー効率が高く、既存技術の活用が可能な点が大きなメリットです。技術的な挑戦は残っていますが、これらを克服すれば、持続可能なエネルギーソリューションとしての大きな可能性を秘めています。
水素エンジンのデメリット
バックファイアが起こりやすく燃焼コントロールが難しい
水素エンジンのデメリットの1つ目は、燃焼のコントロールが難しいことです。
水素はガソリンよりも着火しやすい性質があるため、狙いのポイントで着火させることが困難になります。例えば、吸排気ポートが高温になり過ぎている場合、そこに接触した水素ガスが予期せず着火してしまいバックファイアを引き起こしてしまいます。
以上のように、燃料性状が異なれば着火のしやすさも異なるので、バックファイアを避けながら常に狙い通りのポイントで水素ガスを着火させることが水素エンジンの最大の技術開発課題となっています。
気体水素を使用しているため1回の充填での航続距離が短い
2つ目のデメリットは1回の充填での航続距離が短いことです。
これは燃料電池自動車にも同様のことは言えますが、現状水素エンジン車の燃料は気体の水素を使用しています。
気体は液体に比べて密度が非常に低いため、タンク満タンに水素を充填したとしても質量に換算すると小さくなってしまいます。
そこで、水素を液化して液体水素としてタンクに充填できれば密度を高められるため、大幅に1回充填あたりの航続距離を延ばすことができます。
しかし、水素を液化しようとすると非常に低温の状態にしないと液化できません。大気圧下を仮定する場合、-253℃まで温度を下げないと水素は液化しません。
この水素液化技術はまだまだ課題があり、超低温環境をどのように断熱するかという問題や-253℃まで水素を冷やすために大きなエネルギーが必要になる問題などがあります。
水素エンジンにおけるバックファイア(逆火)の問題
水素エンジンは多くのメリットを持つ一方で、特有の問題も抱えています。その中でも特に重要なのが「バックファイア」(逆火)の問題です。この記事では、バックファイアの原因、影響、対策について技術的に詳細に解説します。
バックファイアとは何か?
バックファイアとは、エンジン内部ではなく、エンジンの吸気系統やエアフィルターで燃焼が起こる現象を指します。これは、通常の燃焼サイクルから逸脱した不規則な燃焼によって発生します。
バックファイアの原因
燃焼速度の問題
- 高速燃焼: 水素の燃焼速度はガソリンの数倍にもなり、燃焼が制御しにくい状況を生じさせる。
混合気の問題
- 広い爆発範囲: 水素と空気の混合気は、ガソリンよりも広い範囲で爆発する可能性がある。
- リーンミスファイア限界: 水素は非常に薄い混合気でも燃焼が可能であり、通常の燃焼範囲を超えてしまうことがある。
エンジン設計の問題
- 吸気系の設計: 伝統的なガソリンエンジンの設計では、水素の特性に対応していない場合が多い。
バックファイアの影響
エンジンへの損傷
- 機械的損傷: バックファイアはエンジンや吸気系に損傷を与え、修理や交換が必要になる可能性がある。
安全性の問題
- 爆発のリスク: 強いバックファイアは爆発につながる可能性があり、使用中の安全性を低下させる。
バックファイアの対策
エンジン設計の改善
- 燃焼制御システム: 水素の燃焼特性に合わせた制御システムの導入。
- 吸気系の最適化: バックファイアを防ぐための特別な吸気系設計。
感知・防止システムの導入
- センサーの利用: 燃焼状況を監視し、異常時には迅速に対処するシステム。
- 防爆装置: バックファイアが発生した際に、その影響を最小限に抑える装置の設置。
運用面での対策
- 適切な運用プロトコル: エンジンの運用時には、バックファイアのリスクを考慮したプロトコルを実施。
まとめ
水素エンジンのバックファイアは、その安全性と信頼性に重要な影響を与える問題です。この問題に対処するためには、エンジン設計の改善、感知・防止システムの導入、適切な運用プロトコルの策定が不可欠です。技術の進歩とともに、これらの対策がより効果的になることが期待されています。
まとめ
以上の説明から、水素エンジンのメリット・デメリットをまとめると以下のようになります。
- これまで蓄積してきたエンジン技術のノウハウが応用できる
- 生産ラインに関しても、既存のガソリンエンジンのラインに最小限の変更を加えるだけで済むため、燃料電池よりも圧倒的にコストを抑えられる。
- 水素はガソリンよりも比熱比が高く理論的に熱効率が高くなる
- バックファイアが起こりやすく燃焼コントロールが難しい
- 気体水素を使用しているため1回の充填での航続距離が短い
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