エンジン車と電気自動車(EV)の暖房の仕組みの違い
今回の記事は、カーエアコンの暖房の仕組みついて解説をします。
特に、従来のエンジン車と最近人気が出てきている電気自動車(EV)では、暖房の仕組みがまったく異なっています。(冷房の仕組みはどちらも共通です。)
そこで、両者の暖房の仕方の違いに焦点を当てて、わかりやすく解説をしていきます。
現役の空調開発エンジニアが解説します
私は、現在自動車メーカーで開発職をしている現役のエンジニアです。
これまで、電気自動車や水素自動車などのクリーンエネルギーに関連する技術開発や機械学習やディープラーニングを用いた開発をしています。


中でも、空調開発は最も開発の期間が長く、専門にしている領域なので、皆さんに理解しやすい説明をしていきます。
カーエアコンの暖房機能開発は年々厳しくなっている
まず最初に、カーエアコンの暖房開発は年々厳しさを増しています。
その理由は、暖房用に使える熱源が年々少なくなってきているからです。
エンジンの燃費性能向上は暖房にとってはマイナス
詳細は後述しますが、エンジン車の場合はエンジン本体の発熱によって暖められた冷却水を利用して車室内の暖房をしています。しかし、エンジンの燃費性能は年々向上しており、エンジンの発熱量は低下しています。
エンジンの燃費性能を向上させるためには、冷却損失というエンジン本体から冷却水に移動する熱ロスを低減させる必要があるからです。
これまでの暖房はこの冷却損失を有効利用していましたが、燃費性能が上がるにつれて冷却水はどんどん暖まりにくくなり、暖房開発は厳しくなっています。
電気自動車の熱源不足はさらに深刻
EVになると、熱源不足はエンジン車よりもさらに深刻です。EVはエンジン自体がなくなっているので、主な熱源はバッテリやモータのみです。バッテリやモータはもちろん発熱しますが、エンジンとは発熱量が全然違います。
そこで、EVでは「PTCヒーター」や「ヒートポンプサイクル」などの代替手段を使って車室内を暖房しています。
エンジン車の暖房の仕組み
ここからは、エンジン車と電気自動車の暖房の仕組みの違いについて解説します。
まずは、エンジン車の暖房の仕組みからです。
暖められた冷却水を使って暖房
エンジン車は、エンジンの発熱によって暖められた冷却水を用いて暖房します。

図は、エンジン車の暖房システムの概念図を示しています。暖房システムでは、エンジン、ウォータポンプ、サーモスタット、ラジエータ、ウォータバルブ、ヒータコアの6つの部品が組み合わさせて暖房機能を実現しています。
エンジンを通過して暖められた冷却水は、ヒータコアで車室内の冷たい空気と熱交換を行うことによって暖房します。
普段、暖房していないときは右上のウォータバルブが閉まっているため、ヒータコアには冷却水は流れません。しかし、暖房スイッチが押されるとバルブが開き、冷却水がヒータコアに流入します。
冷却水の温度が低いときはサーモスタットで早期暖機
冷却水の温度が低いときは、暖房性能を高めるために早期に冷却水を暖機(暖める)しなければなりません。そこで活躍するのが、「サーモスタット」です。サーモスタットは、冷却水の流路を切り替える機能を持っています。
水温が低いときに、ラジエータに冷却水を流すと放熱してしまって水温がなかなか上がらなくなってしまいます。そこで、サーモスタットを使って流路をバイパスさせることにより、早期に冷却水を暖機しています。

冷却水の温度が高くなってくると、サーモスタットは自動で切り替わりラジエータに冷却水を流すようになります。そうして、エンジンのオーバーヒートを防いでいるのです。
ディーゼルエンジンは熱効率の高さからガソリンエンジンより暖房が効きにくい
ディーゼルエンジン車はガソリンエンジン車よりも暖房の効きが一般的に悪いです。
その理由は、ディーゼルエンジンの方がエンジンの熱効率が高いからです。熱効率が高いということは燃料と酸素が化学反応したエネルギーが効率的に回転エネルギーに変換されているということです。
したがって、冷却損失などの損失量が少ないので、冷却水が暖まりにくいのです。
電気自動車(EV)の暖房の仕組み
次に、電気自動車(EV)の暖房の仕組みついて解説します。EVの暖房の方法は主に2種類あります。1つ目は、「PTCヒーター」という電気ヒーターを使うやり方。2つ目は、「ヒートポンプサイクル」という冷媒を使ったやり方です。
PTCヒーター
メリット:昇温が速やかで暖房開始直後からすぐ暖まる
PTCとは、Positive Temperature Coefficient Thermistorと呼ばれるセラミック素子を用いたヒータのことです。
EVには、このPTCヒーターがよく採用されています。PTCヒーターのメリットは、電流がヒーターに流れると急激に温度が上がるため暖まるまでが早いということです。
エンジン車の場合は、冷却水温度が低いうちは暖房性能が落ちてしまいますが、PTCヒーターの場合は速やかに温度が上がるので暖房スイッチを付けるとすぐに暖かい空気が出てきます。
デメリット:消費電力が大きく航続距離の低下が大きい
一方、デメリットはヒートポンプサイクルよりも成績係数(COP)が低く、同じ暖房性能を出すときの消費電力が大きいことです。COPとは、入力したエネルギーと出力されるエネルギーの比率です。
PTCヒーターは電気エネルギーを熱エネルギーに変換しているだけなので、COPはCOP<1となります。つまり、100の電気エネルギーを投入しても、得られる熱エネルギーは100以下となります。
消費電力が大きいと、それだけバッテリに蓄えられている電気を消費するため、航続距離の低下が著しくなります。これがPTCヒーターの最大のデメリットです。
ヒートポンプサイクル

メリット:成績係数(COP)が高く、省エネで暖房することができる
ヒートポンプサイクルを採用する最大のメリットは、COPが1以上になることです。一般的に、冷媒を用いた冷凍サイクルやヒートポンプサイクルは、外界の熱を利用できるのでCOPはCOP>1となります。
ヒートポンプサイクルの詳細な動作原理は以下の記事に記載しているので、ご参考にしてください。
デメリット:寒冷地では本来の性能が発揮できない
ヒートポンプサイクルのデメリットは、外気温度がマイナス20度を下回るような寒冷地では暖房性能が著しく低下してしまうことです。
ヒートポンプは外気から熱を組み上げて、それを暖房に利用するシステムなので、外気温度がマイナス20度のような寒冷地の場合、熱を汲み上げることができないからです。
そのため、ヒートポンプサイクルを採用しているEVは、補助的にPTCヒーターを装備している場合があります。
暖房熱源不足への対策
ここからは、暖房用の熱源不足の対策を紹介します。熱源不足への対策は、大きく分けると3種類あります。1つ目は、熱負荷を低減すること。2つ目は、新しい熱源を採用すること。3つ目は、廃熱を回収することです。
対策①:熱負荷の低減
1つ目の対策として重要なことは、熱負荷を低減することです。この熱負荷低減には、さらに①換気損失を低減することと②暖房に必要な熱量そのものを低減するという2通りのやり方があります。
また、熱負荷を低減することによって燃費がよくなるというメリットもあります。

換気損失の低減
車両熱負荷には、伝熱損失と換気損失の2種類が存在しますが、全体の損失の60%が換気損失によって失われる損失と言われています。
つまり、換気損失を如何に低減するかが熱負荷低減には重要となります。換気損失とは、字の通りで換気に伴う損失です。せっかく暖房した暖かい空気を換気によって車外に捨ててしまうことによる損失です。
一方、伝熱損失とは暖房された空気がフロントガラスやサイドガラスを通して熱が外に逃げてしまうことによる損失のことを指します。
対策①:内気循環率を上げる
換気損失低減のための、1つ目の対策は内気循環率を上げることです。
暖房によって暖められた空気を車内に閉じ込めることによって、換気損失を低減させます。
しかし、デメリットとしてフロントガラスが曇りやすくなったり、車内の二酸化炭素濃度が高まることで眠気が生じたりします。
対策②:換気制御を行う
2つ目は、換気制御を行うことです。
換気制御とは、1つ目の対策で挙げた内気循環率を制御することです。例えば、フロントガラス周辺の露点温度や車内の二酸化炭素濃度をセンシングまたは推定することにより、適切な内気循環率にコントロールします。
対策③:2層HVAC(デンソーが開発した技術)
3つ目の対策は、2層HVACです。
2層HVACとは、HVACの中で内気循環と外気導入が2層になっているものです。
フロントガラスに当たる上部の吹き出し口からは、外気導入した空気を出し、一方足元に当たる下部の吹き出し口からは、内気循環させた空気を出すという仕組みです。
これは対策②のようなソフトの観点での対策ではなく、ハードの観点での対策になります。このような構造を取ることによって、フロントガラスを曇らせずに内気循環率を上げて換気損失を低減させることができます。
要求熱量の低減
もう一方のアプローチとして、要求暖房熱量を低減するという方法があります。これは「シートヒーター」や「パーソナル空調」が該当します。
シートヒーターで乗員のいる空間だけを暖房
シートヒーターとは、シート自体を暖めるというやり方です。こうすることによって、人が座っているシートだけを暖房することが可能になるので、要求暖房熱量を低減できます。
パーソナル空調で乗員別に最適化
また、パーソナル空調とは運転手や助手席に座っている人ごとに設定温度や風量を変化させる技術のことです。車室内の空間を一律で暖房するのではなく、寒がりな人に集中的に暖房することにより要求暖房熱量の低減を図ります。
対策②:新しい熱源の採用
新しい熱源として、上記のPTCヒーター加えて、「燃焼式ヒーター」、「ビスカスヒーター」、「グローヒーター」などがあります。

対策③:廃熱回収技術
廃熱回収技術は主に、エンジンの排気損失を回収するための「排気熱回収器」とエンジン表面の熱を回収するための「ラジエータグリルシャッタ」があります。
排気熱回収器
排気熱回収器とは、エンジンの排気行程でシリンダーから捨てられる高温のガスのエネルギーの一部を回収するための熱交換器のことです。
低温の冷却水と高温の排ガスが熱交換することにより、冷却水を暖める効果があります。
ラジエータグリルシャッター
ラジエータグリルシャッターとは、ラジエータに走行風を当てるための通気口(グリル)にシャッターをして、風を通さないようにする機構のことです。
シャッターをすると、エンジンルーム内に走行風が入り込むことを防げるので、エンジン表面からの放熱を減らすことができます。
まとめ
今回の記事では、カーエアコンの暖房の仕組み、主にエンジン車と電気自動車との違いについて解説しました。記事の内容を以下でまとめます。
- カーエアコンの暖房開発は熱源不足から、年々厳しさが増している
- エンジン車と電気自動車では、暖房の仕組みがまったく異なる
- エンジン車の場合は、暖めた冷却水を使って暖房している
- 電気自動車の場合は、①PTCヒーターと②ヒートポンプサイクルの主に2種類の手段が採用されている
- PTCヒーターは昇温が早いが、消費電力が多く航続距離が落ちる
- ヒートポンプサイクルは省エネだが、寒冷地では本来の能力が出せない
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