モデルベース開発(MBD)におけるモデルの種類
MBDにはどんな種類のモデルがあるのかを紹介します。
結論から言うと、MBDのモデルは大きく①コントローラ(制御)モデルと②プラント(制御対象)モデルの2種類に分けることができます。
さらに、コントローラモデルとプラントモデルの中で③統計(ブラックボックス)モデルと④物理(ホワイトボックス)モデルに分けられます。
つまり、MBDのモデルは4種類に大別することができます。
- MBDのモデルには①コントローラ/統計モデル、②コントローラ/物理モデル、③プラント/統計モデル、④プラント/物理モデルの4種類に大別される
コントローラモデル・プラントモデルの違い
まず、コントローラモデルとプラントモデルの違いから説明します。コントローラモデルは制御モデル、プラントモデルは制御対象モデルと言い換えることができます。
つまり、制御する側のモデルと制御される側のモデルという関係性です。
エンジンを例に考えてみましょう。エンジン(プラント)単体では動くことができず、エンジンECU(コントローラ)とセットになって初めて動くことができます。エンジンECUが適切な点火時期や燃料噴射量を指示し、エンジン本体はその指示に従って動いているに過ぎないのです。
エンジンに限らず、自動車はコントローラとプラントが複雑に相互作用しています。電気自動車であっても同様に、コントローラがモータの回転数を指示し、モータがその指示値に一致するように動いています。

したがって、MBDで自動車開発を進めていくためにはコントローラとプラントの両方をモデル化し、それらの相互作用を見られるようにすることが非常に重要なポイントになります。
- コントローラモデルは制御するモデル、プラントモデルは制御されるモデル
- MBDではコントローラモデルとプラントモデルの両方をモデル化していくことが重要
統計モデル・物理モデルの具体例を解説
次に、統計モデルと物理モデルの違いについて説明します。
統計モデル
統計モデルとはその字の如く得られたデータを統計的に処理して作られたモデルのことです。統計モデルの最も重要な特徴は得られたデータの範囲内でモデル化しているという点です。言い換えれば、統計モデルはデータの範囲外の精度は保証できないということになります。
例えば、コンパクトカーを走らせて計測したデータはそのコンパクトカーの開発には適用できますが、大きなSUVには適用できませんよね。その理由はコンパクトカーとSUVで車重やタイヤ半径などのモデルの前提条件が変わってしまっているからです。
しかし、メリットももちろんあります。メリットはその範囲内で使用するのであれば非常に精度の高いモデルになるという点です。実際に得られたデータをそのままモデル化するので、データ通りの結果からモデルから得ることができます。
以下では、メジャーな統計モデル化手法を紹介します。
線形回帰分析
最もポピュラーな統計モデルとして、線形回帰分析が挙げられます。$$y=ax+b$$\(y\)は目的変数、\(x\)は説明変数と呼ばれ、\(x\)で\(y\)を線形特性で説明するということになります。
重回帰分析
次に、線形回帰分析の応用として重回帰分析があります。線形回帰分析では説明変数が1つだけでしたが、重回帰分析では複数の説明変数で1つの目的変数を説明することが可能になります。$$y=ax_1+bx_2+c$$この式では、\(x_1\)と\(x_2\)の2つの説明変数で目的変数\(y\)を説明しています。例えば、エンジンの燃料消費量という目的変数をエンジン回転数とエンジントルクの2つの説明変数で説明するイメージです。
AI(機械学習・ディープラーニング)
近年、注目を浴びているのがこの機械学習やディープラーニングなどのAIを使った統計モデルです。線形回帰分析や重回帰分析が人間がデータを分析してモデル化するのに対して、機械学習やディープラーニングは機械(PC)が対象のデータの特徴量を抽出し、モデル化します。
物理モデル
物理モデルとはある物理法則に従うように作られたモデルのことです。例えば、運動方程式\(ma=F\)やオームの法則\(V=RI\)などは誰もが一度は聞いたことがある有名な物理法則です。他にも多くの物理法則が存在し、それらに則って作られたモデルはすべて物理モデルと呼ばれます。
物理モデルの特徴は統計モデルとは反対でモデル化できている範囲内であれば任意のパラメータ変更に対応できるという点です。車重やタイヤ半径を物理モデルの中に織り込んでおけば、それらのパラメータを変更するだけでコンパクトカーからSUVまでを1つのモデルで検討することができます。つまり、物理モデルは統計モデルよりも汎用性の高いモデルになり得るということです。ここで、「なり得る」という表現に留めているのは、汎用性の高い物理モデルを作ることは非常に難しいからです。
また、物理モデルは様々な領域で構成されています。一般的に、その領域は力学、熱、流体、電気という4種類が存在しています。それぞれの領域の物理モデル化については、別の記事で詳細にご説明しようと思っているので、ここでは簡単な紹介に留めます。
まとめ
MBDで使われるモデルの種類とその特徴について簡単に紹介しました。最後に要点を以下にまとめます。
- MBDには①コントローラ/統計、②コントローラ/物理、③プラント/統計、④プラント/物理の4種類ある
- コントローラモデルは制御する側のモデル、プラントモデルは制御される側のモデル
- 統計モデルは取得データの前提条件内での精度は高いが、前提から外れた場合は適用不可
- 物理モデルは作ることが難しいが、統計モデルより汎用性の高いモデルになり得る
熱領域のモデルベース開発(MBD)入門
ここからは熱・流体・力学・電気領域の物理プラントモデル作成の基礎について紹介していきます。基礎編なので、なるべく簡単な数式にわかりやすい例でイメージが掴みやすい内容にします。
熱領域のモデルベース開発は電気自動車でより重要視される
この熱領域も自動車開発にとって非常に重要な開発テーマになっています。「熱」という裏方のようなイメージがありますが、自動車の内部では常に不要な熱を捨てたり、足りない熱を生み出したり、作った熱を溜めたりしています。
最近は電気自動車(EV)が増えてきましたが、EVはこれまでのガソリンエンジンで動く自動車より熱領域の開発が重要になっています。エンジンというはガソリンと酸素との化学エネルギーから回転エネルギーに変換する部品ですが、同時に大きな熱も発生させています。その熱を暖房やオイルの暖機などの熱源として有効活用していました。


しかし、EVはエンジンがなくなるため大きな熱源が失われてしまうのです。したがって、今後EVや水素自動車(FCV)の開発が増えてくることに併せて、熱領域MBDの需要も増えてくるでしょう。
熱領域の2つの基本物理法則
自動車開発には主に①熱力学と②伝熱工学の2つの分野の知識が用いられます。今回はそれぞれの分野の最も基本的な物理法則について考えてみましょう。
熱力学
まずは①熱力学の基本法則からです。$$\frac{dT}{dt}=\frac{Q}{C}$$$$T=\int \frac{Q}{C}+T_{ini}$$ここで、\(T\)は温度[degC]、\(Q\)は熱量[W]、\(C\)は熱容量[J/degC]、\(T_{ini}\)は初期温度[degC]です。
ここで、この式の意味を考えてみましょう。熱容量の単位は[J/degC]ですよね。この意味は温度を1[degC]上げるもしくは下げるために何Jのエネルギーを与えるもしくは抜き取らないといけないかを決めています。つまり、熱容量が大きいものは暖まりにくく冷めにくい、逆に熱容量が小さいとすぐに暖まりますがすぐに冷めてしまいます。
次に、\(\frac{Q}{C}\)について考えます。この単位は[degC/s]になります。これは、1秒間で何度温度が上がるもしくは下がるかを意味しています。
つまり、熱容量の小さいものに大きな熱量を与えると最も温度が上がります。熱容量はさらに以下のように分解することができます。$$C=mc$$\(m\)は質量[kg]、\(c\)は比熱[J/degC/kg]です。質量や比熱が大きいほど熱容量も大きくなります。比熱は物性によってある程度決まっています。
伝熱工学
次は、伝熱工学の基本法則です。$$Q=G(T_1-T_2)$$ここで、\(Q\)は熱量[W]、\(G\)は熱伝達率[W/degC]、\(T_1,T_2\)は温度[degC]です。この数式の意味は\(T_1\)と\(T_2\)の温度差に熱伝達率を掛けて計算した熱量が2点間を移動していくという意味です。
熱伝達率の単位は[W/degC]です。この意味は1[degC]の温度差があれば何Wの熱量が移動するかということです。温度差1degC当たりという相対的な意味なので間違えないようにしてください。
熱領域の事例紹介
ここからは2つの基本物理法則を使った事例を紹介したいと思います。まずは、簡単な例からいきましょう。

2つの温度と熱容量の異なる物体が接しているというモデルを作りました。\(T_1=100\)、\(C_1=100\)、\(T_2=0\)、\(C_2=100\)、\(G=5\)としてシミュレーションしてみましょう。

シミュレーションスタート直後から左の物体から右の物体に向かって熱が移動し、それに伴って\(T_1\)は下がり、\(T_2\)は上がっていきます。2つの物体の温度が一緒になる(温度差が0になる)と移動熱量も0となり、温度は定常状態に達します。次は、\(C_1\)を100から200に上げてみます。

\(C_1\)を大きくすると、定常状態に達する温度が変わりましたね。これは物体1の熱容量が大きくなったので、同じ熱量が与えられても温度変化小さくなったからです。最後は、\(C_1\)は100に戻して、熱伝達率である\(G\)を5から10に上げてみます。

\(G\)を上げると定常状態に達するまでの時間が短くなりました。これは同じ温度差であっても移動する熱量が増加したためです。以上が基本的なモデルを使ったシミュレーションです。
- 熱力学と伝熱工学の基本物理法則を使うだけで、任意の熱領域のMBDができる
- 熱容量を変化させると定常状態の温度が変化する
- 熱伝達率を変化させると定常状態に達するまでの時間が変化する
以下で、熱モデルの応用編の記事も書いてあるので、ご覧いただけると嬉しく思います。
流体領域のモデルベース開発(MBD)入門
これまで力学領域と熱領域のMBDの基礎について解説し、いよいよ後半戦です。
「流体」と聞くと苦手意識を持っている人も多いのではないでしょうか?確かに、流体力学は理解するのがなかなか難しい分野でもあります。
しかし、このブログはMBD初心者向けに発信しているので、まずは流体領域のMBDで最もよく使う基本的な物理法則だけに絞って説明します。初心者の方にとって最も重要なことは数式とイメージがしっかり結び付いて考えられるようになることです。これができるようになれば、MBDの質は飛躍的に向上していきます。
流体領域の3つの基本物理法則
今回は、流体領域のMBDで頻出の①体積弾性率と圧力との関係と②ベルヌーイの定理と③連続の式の3つに絞って説明していきたいと思います。どれもMBDではよく使う基本法則なので、基礎を押さえておけばいろいろな応用が効くようになります。
体積弾性率と圧力の関係
体積弾性率\(K[\mathrm Pa]\)とは体積\(V[\mathrm m^3]\)の物体にある圧力\(p[\mathrm Pa]\)を掛けたときに、どれだけ体積変化しにくいかを表す物理量になります。以下は\(K\)の物質ごとの一覧になります。
物質 | 体積弾性率 |
空気 | \(1.4×10^5\) |
ヘリウム | \(1.7×10^5\) |
水 | \(2.2×10^9\) |
氷 | \(1.4×10^{10}\) |
鉄 | \(2.2×10^{11}\) |
これは見てわかることは気体は圧力を掛けると体積変化しやすく(圧縮されやすく)、液体や固体になるほど体積変化にくくなっていくことがわかります。これは皆さんの経験則と一致していますよね?このように圧縮性が高い流体を圧縮性流体、圧縮性が低い流体を非圧縮性流体と呼び、それぞれで使われる物理式も異なります。体積弾性率\(K\)は以下の式で表せます。$$dp=-K\frac{dV}{V}$$この式の両辺を時間微分すると以下の式になります。$$\frac{dp}{dt}=-\frac{K}{V}\cdot \frac{dV}{dt}$$ここで、\(dV/dt[\mathrm m^3/s]\)は体積流量と呼ばれます。1秒間に何\(\mathrm m^3\)の体積の流体が通過するかということです。\(Q=-dV/dt\)とおくと、$$\frac{dp}{dt}=\frac{K}{V}\cdot Q$$と式変形できます。最後に両辺を積分すると、$$p=\frac{K}{V}\int Qdt+p_{ini}$$となります。
この式は熱領域の記事で説明した、$$T=\int \frac{Q}{C}+T_{ini}$$と非常に式の形が似ていませんか?
熱領域では熱容量が大きいほど温度変化は穏やかになりますが、流体領域も考え方は同じです。式の通り、体積\(V\)が大きいほど、体積弾性率\(K\)が小さいほど圧力変化は穏やかになります。このように、熱領域と流体領域は似た考え方が適用できます。
ベルヌーイの定理
ベルヌーイの定理は非粘性、非圧縮性のときに成立するエネルギー保存則です。$$p_1+\frac{1}{2}\rho v_1^2+\rho gz_1=p_2+\frac{1}{2}\rho v_2^2+\rho gz_2=\mathrm{Const}$$第1項は静圧項、第2項は動圧項、第3項は位置エネルギー項と呼ばれます。簡単のため、径が異なるが高さは同じ配管モデルで考えてみましょう。

このようにすることで、位置エネルギー項がキャンセルされて、よりシンプルな式で考えられるようになります。$$p_1+\frac{1}{2}\rho v_1^2=p_2+\frac{1}{2}\rho v_2^2=\mathrm{Const}$$
連続の式
連続の式とは、配管中を流れる流体の質量流量はどこで測っても一定になるという定理です。質量流量は流速に通過断面積と密度を掛けて計算されるので、$$\rho_1 A_1 v_1=\rho_2 A_2 v_2$$非圧縮性流体の場合、密度一定なので\(\rho=\rho_1=\rho_2\)となり、$$A_1 v_1=A_2 v_2$$と書けます。
連続の式と上記のベルヌーイの定理の式を連立させると$$v_2=\frac{1}{\sqrt{1-(\frac{A_2}{A_1})^2}}\sqrt{\frac{2(p_1-p_2)}{\rho}}$$体積流量\(Q[\mathrm m^3/s]\)は流速×通過断面積なので、$$Q=v_2A_2=\frac{A_2}{\sqrt{1-(\frac{A_2}{A_1})^2}}\sqrt{\frac{2(p_1-p_2)}{\rho}}$$ここで、$$\alpha=\frac{\frac{A_2}{A}}{\sqrt{1-(\frac{A_2}{A_1})^2}}$$とおくと、$$Q=\alpha A\sqrt{\frac{2(p_1-p_2)}{\rho}}$$この\(\alpha\)は流量係数と呼ばれるパラメータで0〜1までの値を取り得る無次元量になります。
以上の計算から、非粘性、非圧縮性流体であれば、体積流量は圧力差の平方根に比例するということです。これもまた熱領域の伝熱工学の式$$Q=G(T_1-T_2)$$と似ていますよね。熱領域では移動熱量は温度差に比例していましたが、流体領域では圧力差の平方根に比例します。このように、熱領域と流体領域は非常に考え方が似ているので、セットで理解しておくとよいでしょう。
流体領域 | 熱領域 | |
圧力/温度 | $$p=\frac{K}{V}\int Qdt+p_{ini}$$ | $$T=\int \frac{Q}{C}dt+T_{ini}$$ |
体積流量/移動熱量 | $$Q=\alpha A\sqrt{\frac{2(p_1-p_2)}{\rho}}$$ | $$Q=G(T_1-T_2)$$ |
• 流体領域のMBDでは①体積弾性率と圧力の関係式、②ベルヌーイの定理、③連続の式の3つの基本法則を押さえる
• 流体領域と熱領域は同じ考え方ができる(圧力や温度の差に応じて流量や熱量が移動する。流量や熱量が移動すれば、その体積や熱容量に応じて圧力、温度が決まる)
力学領域のモデルベース開発(MBD)入門
プラントモデルは複数の物理領域(力学、熱、流体、電気など)に分かれています。一度にすべての領域を説明すると理解することが難しくなってしまうので、1つずつの領域について説明していきます。
そこで、今回は「力学領域」についての内容となります。力学領域も大きく①並進運動と②回転運動の2つに分けられます。以下で、それぞれについて詳細を説明します。
並進運動の物理モデル
並進運動とはつまり運動方程式に支配された物理モデルのことを指します。運動方程式とは$$Ma=F$$で記述されます。\(M\)は質量、\(a\)は加速度、\(F\)は力です。
ここで、簡単な例でこの運動方程式を自動車に当てはめてみましょう。常に簡単な例で考えることは非常に重要です。

\(M=1000[kg]\)、\(F=1000[N]\)として、Excelを使って加速度\(a[m/s^2]\)をモデル化した結果がこちらです。

これは、この自動車が毎秒2[m/s]ずつ加速(等加速度運動)していくということを示しています。次に、加速度から速度を計算しましょう。加速度\(a\)と速度\(v\)の関係は以下にように決まります。$$v=\int adt+v_0$$ここでは、初速\(v_0=0\)[m/s]として計算します。
すると、この自動車の速度は60秒後には216[km/h]に達するという結果が得られました。

ここで、何か違和感を感じませんか?自動車の速度がこのように線形的に増加していくという結果は自分自身の経験則と一致しないのではないでしょうか。
その理由はこの物理モデルが実際の現象の一部しかモデル化できていないためです。残りのモデル化できていない部分は空気抵抗成分です。
空気抵抗が速度の2乗に比例すると仮定して、もう一度運動方程式を立ててみましょう。$$Ma=F-kv^2$$\(k\)は空気抵抗係数と呼ばれるもので、自動車の形状によって変化するパラメータだと思ってください。

これが空気抵抗を考慮したモデルで計算した結果です。かなり経験則に近い結果が得られたのではないでしょうか?速度が上がっていくにつれて空気抵抗成分も増加し、ある速度で頭打ちになっていきます。このように、精度の高い物理モデルを作るためには実際に起こっている現象をよく観察し、それをモデルに織り込む必要があります。
ちなみに、MBD的な観点からこの結果を考察するとまた違う見え方になります。例えば、開発中の車の最高速度を120[km/h]に目標設定したとします。このモデルを使うことによって、最高速度120[km/h]に必要な空気抵抗係数\(k\)が求まるわけです。ここで決めた\(k\)が開発目標となり、なるべく空気抵抗の少ないボディ形状を作っていくのです。このようにMBDは開発のスタート段階での目標設定に用いられるのです。
回転運動の物理モデル
回転運動の物理モデルと基本的には並進運動と同じです。支配している物理法則が異なるだけです。
回転運動を支配している方程式は以下になります。$$J\frac{d\omega}{dt}=T$$\(J[\mathrm{kg\cdot m^2}]\)は慣性モーメント、\(\omega[\mathrm{rad/s}]\)は角速度、\(T[\mathrm{N\cdot m}]\)はトルクです。慣性モーメントは回転のしにくさを表すパラメータで回転しにくいものほど大きな値になります。
ここでもわかりやすい例を使ってイメージを掴みましょう。自転車に乗っている人がペダルを漕いでタイヤにトルクを伝え、そのトルクによってタイヤが回転するモデルを作ります。
また、回転数が上がると摩擦や空気抵抗による負荷トルクが発生し、その負荷トルクは回転数に対して線形特性という仮定を置きましょう。すると運動方程式は以下のようになります。$$J\frac{d\omega}{dt}=T-h\omega$$\(J=5\)、\(T=20\)、\(h=1\)として、Excelでシミュレーションしてみます。

最初はどんどん加速していきますが、タイヤの回転数が上がっていくと摩擦抵抗成分も増加していき、並進運動のときと同様に回転数がある値で頭打ちになっていきます。
次に、慣性モーメントを\(J=5\)から\(J=2.5\)に半分にして同じシミュレーションをやってみます。ロードバイク のタイヤって一般的な自動車よりもタイヤがずっと細いですよね?あれは慣性モーメントを小さくするためです。慣性モーメントが結果にどのような影響を与えるか(ママチャリからロードバイク に乗り換えたらどうなるか)確認してみましょう。

慣性モーメントを小さくする(ロードバイク )ほうが最高回転数に到達するまでの時間が短くなったことがわかります。つまり、ロードバイク はママチャリよりも加速性能が優れているということがわかります。しかし、最高回転数(=最高速度)はママチャリと変わっていませんよね?この結果に驚く人もいるかもしれません。ロードバイク を買えば速く走れると思っているかもしれませんが、漕ぐ人のトルク(パワー)が同じであればロードバイク でも最高速度は変わらないんです。実際、ロードバイク は摩擦抵抗や空気抵抗がママチャリより抑えられているので、\(h\)の値も小さくなっているため最高速度も上がることが期待できます。

このように\(J\)と\(h\)を両方小さくできれば、最高速度に達するまでの時間を短く、さらに最高速度も速くすることができます。そのため、競輪選手やロードバイク に乗られる方は少しでも細いタイヤで前傾姿勢をとって速く走ろうとするわけですね。
身近なものをモデルを使って考えると、経験則と一致するケースとしないケースが出てきます。その違いをしっかりと考察することでモデルに足りていない部分や対象の理解が深まっていきます。MBDって面白くないですか?
力学領域MBDのまとめ
今回は、力学領域の物理モデルについて例を交えながら説明してきました。要点を以下でまとめます。
- 精度の高い物理モデルを作るためには実際に起こっている現象をよく観察し、それをモデルに織り込む必要がある。
- MBDは開発のスタート段階での目標設定として用いられる
- 身近な対象をモデル化をして考察することで、対象の理解が深まっていく
この記事を読んでMBDって奥深いな、面白いなと思っていただければ大変嬉しく思います。
電気領域のモデルベース開発(MBD)入門
これまで力学領域、熱領域、流体領域のMBD基礎について説明してきましたが、今回が基礎編の最終回となります。
熱領域と流体領域は非常に考え方が似ているということを申し上げましたが、電気領域も同じ考え方が適用できます。熱領域は温度差で熱量が変化、流体領域は圧力差で体積流量が変化しましたが、電気領域は電圧差で電流が変化します。そして、熱量、体積流量、電流が変化すれば温度、圧力、電圧がまた変化するという相互作用を持っています。
以下で、レジスタンスとキャパシタをモデリングしていきます。
レジスタンス

レジスタンスとは抵抗のことです。オームの法則から、抵抗を流れる電流は抵抗に掛かっている電圧(電位)差と抵抗値との比で決まります。$$I=\frac{(V_1-V_2)}{R}$$この式が熱領域での$$Q=G(T_1-T_2)$$流体領域での$$Q=\alpha A\sqrt{\frac{2(p_1-p_2)}{\rho}}$$の式に対応します。
キャパシタ

キャパシタとは電気を溜める蓄電機能を持った部品のことを指します。MBDではレジスタンスが電圧から電流を計算するのに対して、キャパシタは電流を入力にして電圧を出力するモデル構成となります。$$\frac{dV}{dt}=\frac{I}{C}$$ここで、\(C[\mathrm F]\)は静電容量と呼ばれ、キャパシタがどのくらい電荷を蓄えることができるかを表すパラメータです。両辺を積分すると、$$V=\int \frac{I}{C}dt+V_{ini}$$となります。
この式の形も熱領域の$$T=\int \frac{Q}{C}dt+T_{ini}$$流体領域の$$p=\frac{K}{V}\int Qdt+p_{ini}$$と同じですよね。
このようにMBDでは領域が複数あり、理解することが難しいと思われるかもしれませんが、物理量が変わるだけで共通の考え方が適用できるのです。このような考え方ができるようになれば、任意の領域でのMBDができるようになります。
流体領域 | 熱領域 | 電気領域 | |
圧力/温度/電圧 | $$p=\frac{K}{V}\int Qdt+p_{ini}$$ | $$T=\int \frac{Q}{C}dt+T_{ini}$$ | $$V=\int \frac{I}{C}dt+V_{ini}$$ |
体積流量/移動熱量/電流 | $$Q=\alpha A\sqrt{\frac{2(p_1-p_2)}{\rho}}$$ | $$Q=G(T_1-T_2)$$ | $$I=\frac{1}{R}(V_1-V_2)$$ |
【事例紹介】RC回路シミュレーション
最後は、これまで解説してきたレジスタンスとキャパシタを直列に接続したRC回路をモデル化し、シミュレーションしてみましょう。

\(R=0.5[\mathrm \Omega]\)、\(C=1[\mathrm F]\)として、シミュレーションしてみましょう。

シミュレーション直後は抵抗に掛かる電位差が大きいので、流れる電流も大きくなってします。電流が大きくなればキャパシタモデルの被積分関数の値が大きくなるので、電圧上昇率が高いです。一方、シミュレーション終盤になってくるとキャパシタ電圧が高くなり、抵抗に掛かる電位差が小さくなってくるので、流れる電流も小さくなり最終的には0に収束していきます。
このように電圧をもらって電流を返すレジスタンスモデルと電流をもらって電圧を返すキャパシタモデルの相互作用が上手くモデル化できています。
最後に
これまでMBD基礎編として、力学領域、熱領域、流体領域、電気領域の4つの記事を書きました。これらすべての領域に共通していることは、容積要素(速度、角速度、温度、圧力、電圧)(アクロス変数)と抵抗要素(力、トルク、熱量、体積流量、電流)(スルー変数)を交互に組み合わせるだけで簡単なMBDができるということです。
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