モデルベース開発(MBD)の基本
モデルベース開発の概要
モデルベース開発(Model-Based Development, MBD)は、システム開発のプロセスにおいて、数学的モデルや統計モデル(グラフィカルモデル)を用いて設計や解析、シミュレーション、検証、実装を行う開発手法です。このアプローチでは、モデルがシステムの仕様や振る舞いを表現し、開発プロセス全体を通じて利用されます。
モデルベース開発の主な目的は、開発プロセスの効率化、生産性向上、および品質向上を図ることです。モデルベース開発を用いることで、複雑なシステムやソフトウェアの設計や検証を効率的に行うことが可能となります。
また、モデルから自動的にコードを生成することもできるため、実装の手間やエラーの発生率を軽減することができます。これをオート・コード・ジェネレーション(ACG)と呼びます。
モデルベース開発は、自動車、航空宇宙、産業制御、通信など、多くの業界で利用されており、システムの信頼性や安全性が重要視される領域で特に有益です。代表的なモデルベース開発ツールには、MATLAB/SimulinkやStateflowなどがあります。
モデルベース開発のメリット
設計・解析・検証の効率化
モデルベース開発では、数学的モデルやグラフィカルモデルを用いてシステムを表現するため、抽象化された表現で設計・解析・検証を行うことができ、効率化が図られます。
試作機を用いた実機検証では、膨大な時間とコストが掛かってしまいますが、モデルベース開発の場合はエンジニアは机に座ってパソコンを操作するだけで、仮想の実験をすることができるようになります。
シミュレーションによる早期検証
システムの動作をシミュレーションで確認できるため、実装前に問題点や最適化の余地を発見し、早期に改善ができます。
制御ロジックのバグ出しやシステムの成立性を開発の初期段階から検証できるため、開発全体をフロントローディングすることができます。
自動コード生成
モデルから自動的にコードを生成することができるため、実装の手間やエラーの発生率を軽減できます。また、人為的なミスを減らし、コード品質の向上が期待できます。
ただし、現状の自動コード生成されて出てくるコードは、独特の癖があったりして可読性が低いという課題があります。
また、ツールのコンフィグレーションパラメータによって生成されるコードが微妙に異なったりするため、まだ完全に自動化できるわけではありません。
ドキュメント作成の効率化
モデルはそのまま仕様書やドキュメントとして活用できるため、ドキュメント作成の効率化が図られます。
再利用性の向上
モデルベース開発では、モジュール化されたコンポーネントを再利用しやすくなります。これにより、開発時間の短縮やコスト削減が期待できます。
これまで各エンジニアの頭の中にあったノウハウをモデルという形にして、社内に残していくことにより、知識の共有化が図られます。
チーム間のコミュニケーションの改善
グラフィカルなモデルは直感的で理解しやすいため、異なる専門分野のチーム間でも共通の言語として利用でき、コミュニケーションが改善されます。
モデルベース開発のデメリット
学習コスト
モデルベース開発には専門的な工学知識が必要であり、新たなツールや技術を習得するための学習コストが発生します。
自動車開発でモデルベース開発を取り入れようとすると、熱力学・流体力学・伝熱工学・古典力学・光学・電磁気学などの深い知識が要求されます。
ツールのコスト
モデルベース開発ツールは高価であることが多く、導入コストがかかります。また、ツールの更新やメンテナンスも考慮する必要があります。
主なコストはライセンス1本当たりの費用と年間の保守費用になります。モデルベース開発関連のツールは非常に効果なものが多く、安いツールでライセンス1本あたり100万円くらいから、高いツールになると2000万くらいするツールも存在します。
柔軟性の制限
既存のモデルベース開発ツールに依存することで、ツールの制約によってツール間のインターフェースが制限される場合があります。
しかし、最近ではいろいろなツールにFMU(Functional Mockup Unit )が導入されていることもあり、ツール間のインターフェースがだんだん整えやすくなってきています。
モデルの正確性と現実への適用
モデルが現実世界のシステムを完全に表現できない場合があります。モデルが現実と乖離していると、正確なシミュレーションや予測ができず、実際のシステムで問題が発生することがあります。
モデルは実際の現象を100%表現できるわけではありません。これをモデル化誤差と呼びます。このモデル化誤差があるため、モデルでシミュレーションした結果をすべて信頼することができません。
したがって、エンジニアはシミュレーション結果と実際の計測結果との差をしっかり見極める必要があります。
過度な抽象化
モデルの抽象化が過度になると、システムの詳細な挙動を捉えられなくなり、実装時に予期しない問題が発生することがあります。適切な抽象化レベルを見極めることが重要です。
自動コード生成の限界
モデルから生成されるコードは、状況によっては最適化が不十分であったり、人間が手動で実装したコードに比べて劣る場合があります。また、特定のプラットフォームや環境に対応するためには、手動での調整が必要になることもあります。
代表的なモデルベース開発ツール
MathWorks – MATLAB/Simulink
- MATLABは数値計算とデータ解析に特化したプログラミング言語と開発環境です。
- SimulinkはMATLABと連携し、グラフィカルなブロック線図を使ってシステムやアルゴリズムをモデリング・シミュレーションできる環境です。
- オプションのToolboxを追加することで、制御システム設計、信号処理、通信システム設計など、幅広い分野で利用できます。
- 自動コード生成機能により、C/C++やHDLなどのコードを生成できます。
Dassault Systèmes – CATIA Systems
- CATIA Systemsは、複雑なシステム設計と検証を行うための統合ツールセットです。
- システム要件の定義、アーキテクチャ設計、詳細設計、検証など、システム開発の全体的なプロセスをサポートします。
- 3Dモデリングとシミュレーションが連携しており、制御システム設計や機械設計との統合が容易です。
- 自動車、航空宇宙、産業機械など、幅広い業界で利用されています。
ANSYS – SCADE Suite
- SCADE Suiteは、組み込みソフトウェア開発に特化したモデルベース開発ツールです。
- セーフティクリティカルなシステム(自動車、航空宇宙、鉄道、原子力など)に適した開発手法を提供します。
- 高い信頼性と安全性を持つコード生成が可能で、認定基準に適合したコード生成機能を持っています。
- 柔軟なシミュレーション環境が提供され、モデルの検証やテストが容易になります。
- 複数の開発者が同時に作業できるように、チームワークをサポートする機能が充実しています。
GT-SUITE – Gamma Technologies
- GT-SUITEは、内燃機関、車両、駆動系、エネルギーシステムなどのマルチドメインシステム設計と最適化をサポートするモデルベース開発ツールです。
- 1Dおよび3D解析が可能で、流体力学、熱力学、機械運動、電気システムなど幅広い分野のシミュレーションが行えます。
- モデルライブラリが豊富で、多くの業界標準コンポーネントがプリセットされており、設計プロセスを高速化します。
- クラウドコンピューティングとの連携が強化されており、大規模なシミュレーションも効率的に実行できます。
Siemens – Simcenter Amesim
- Simcenter Amesimは、マルチドメインシステムの設計・解析・最適化をサポートするモデルベース開発ツールです。
- 主に自動車、航空宇宙、産業機械などの業界で利用されており、電気、機械、流体、熱などの分野を統合したシステム設計が可能です。
- 豊富なコンポーネントライブラリと強力な数値解析機能により、高速で正確なシミュレーションが実現されます。
- 他のCAEツールやテストデータとの連携が容易で、システム全体の最適化や検証を効率的に行うことができます。
CAEの基本
CAEの概要
CAE(Computer-Aided Engineering)とは、コンピュータを利用して製品の設計や分析をサポートする技術のことです。CAEは、設計の初期段階から詳細設計、試作品のテストまで、さまざまな開発プロセスに適用されます。
CAEツールは、製品の性能を予測し、設計の最適化や問題の特定、改善策の検討を効率的に行うことができます。
CAEは主に以下のような分野に分類されます。
構造解析(Structural Analysis)
製品が機械的負荷や環境条件下でどのように挙動するかをシミュレーションし、強度や剛性、耐久性などを評価します。
流体解析(Fluid Analysis)
気体や液体の流れをシミュレーションし、圧力損失、流れの分布、温度分布などを評価します。自動車の空気抵抗や建物の空調設計などに利用されます。
熱解析(Thermal Analysis)
熱伝導や熱伝達、熱放射などの熱現象をシミュレーションし、温度分布や熱応力などを評価します。
電磁界解析(Electromagnetic Analysis)
電気機器や回路の電磁界をシミュレーションし、磁束密度や電界強度などを評価します。
これらの分野において、CAEツールを用いることで、試作品を作成することなく、コンピュータ上でのシミュレーションを行い、製品開発の効率化やコスト削減を実現できます。また、CAEによって得られた解析結果は、問題箇所の特定や改善策の検討に役立ち、製品の品質向上にも寄与します。
CAEのメリット
設計の最適化
CAEを用いることで、設計段階での性能評価や最適化が可能になり、製品の品質向上や軽量化などが実現できます。
試作品の削減
コンピュータ上でシミュレーションを行うことで、試作品の製作や物理的なテストが不要になり、開発コストや時間の削減が可能です。
問題の早期発見
CAEにより、設計段階での問題やリスクを早期に特定し、改善策を検討することができます。これにより、後の開発段階での問題発生やリコールのリスクを軽減できます。
パラメータ研究
CAEツールを用いて、さまざまな設計パラメータの影響をシステマティックに調べることができます。これにより、最適な設計条件を見つけ出すことが容易になります。
視覚化
CAEは解析結果を視覚的に表示することができます。これにより、設計者や意思決定者が理解しやすい形で解析結果を評価できます。
CAEのデメリット
ソフトウェアのコスト
CAEツールは高価であり、特に大規模な企業向けのツールはライセンス料が高額です。また、継続的なメンテナンスやアップデートもコストがかかります。
計算リソース
高度なシミュレーションや大規模な解析を行う場合、高性能なコンピュータやクラウドリソースが必要になります。これに伴うコストや管理負荷が発生します。
スキル要件
CAEツールを効果的に使用するためには、設計者やエンジニアが十分なスキルを持っている必要があります。研修や教育が必要になる場合があります。
モデルの信頼性
CAEは数値モデルに基づいてシミュレーションを行うため、モデルの精度や適用範囲によっては、現実と異なる結果が得られることがあります。これを克服するためには、モデルの適切な検証と実験データとの比較が重要です。
設定の複雑さ
CAEツールを使用する際には、多くの設定やパラメータを適切に設定する必要があります。これにより、初心者にとってはハードルが高く感じられることがあります。
これらのメリットとデメリットを考慮し、企業や開発チームはCAEの導入や運用において、適切なリソースやスキルを確保し、モデルの信頼性を向上させる取り組みを行うことが重要です。また、適切なCAEツールの選定や、他の設計手法(CADやCAMなど)との連携も、効果的な製品開発において重要な要素となります。
代表的なCAEツール
ANSYS – ANSYS Workbench
- ANSYS Workbenchは、構造解析、流体解析、熱解析、電磁界解析など、多様なCAEシミュレーションを統合的に行うことができるツールです。
- 直感的な操作性と強力な解析機能が特徴で、初心者から熟練者まで幅広いユーザーに対応しています。
- マルチフィジックス解析や最適化機能も充実しており、複雑な問題に対しても効果的な解決策を提供できます。
Dassault Systèmes – SIMULIA
- SIMULIAは、複数のCAEツールを含む製品群で、構造解析(Abaqus)、流体解析(XFlow)、多体動力学解析(Simpack)などが提供されています。
- 高度な解析機能と信頼性が高く、自動車、航空宇宙、エネルギー、建築など多岐にわたる業界で使用されています。
- リアルなシミュレーション結果を得るための高度な材料モデリング機能があります。
Siemens – Simcenter 3D
- Simcenter 3Dは、構造解析、熱解析、流体解析、音響解析、制御解析など、幅広い分野のCAE解析が可能です。
- 有限要素法(FEM)や境界要素法(BEM)など、多様な解析手法が提供されています。
- シームレスなCAD連携や直感的な操作性が特徴で、効率的な解析プロセスを実現します。
Autodesk – Autodesk Simulation
- Autodesk Simulationは、構造解析、流体解析、熱解析、成形解析、複合材料解析など、多様なCAEシミュレーションが可能です。
- AutoCADやInventorとの連携が強化されており、設計と解析の一貫したワークフローが実現できます。
- クラウドコンピューティングに対応し、大規模な解析も効率的に実行できます。
COMSOL – COMSOL Multiphysics
- COMSOL Multiphysicsは、電磁気、構造、流体、熱、化学など、多様な物理現象を組み合わせたマルチフィジックス解析が可能なCAEツールです。
- 独自のアプリケーションビルダー機能により、専用のシミュレーションアプリを作成して独自の解析環境を構築できます。
- オープンなアーキテクチャであり、他のCAEツールやプログラミング言語との連携が容易です。
- 教育や研究向けのライセンスも提供されており、学術分野での利用も広がっています。
- 独自のアプリケーションビルダー機能により、専用のシミュレーションアプリを作成して独自の解析環境を構築できます。
- オープンなアーキテクチャであり、他のCAEツールやプログラミング言語との連携が容易です。
- 教育や研究向けのライセンスも提供されており、学術分野での利用も広がっています。
Altair – HyperWork
- HyperWorksは、構造解析(OptiStruct, RADIOSS)、流体解析(AcuSolve)、多体動力学解析(MotionSolve)など、多様なCAEシミュレーションが統合されたツールスイートです。
- 最適化技術を核として開発されており、軽量化や耐久性向上などの設計最適化が得意です。
- クラウドベースのライセンスシステムにより、柔軟な利用が可能で、効率的なリソース管理が実現されます。
これらの代表的なCAEツールは、それぞれ異なる特徴と機能を持っており、プロジェクトの要件や開発チームのスキルレベルに応じて選択することが重要です。また、これらのツールは一部の代表的なものに過ぎません。市場には他にも様々なCAEツールが存在するため、総合的に検討し、最適なツールを選択することが求められます。
モデルベース開発とCAEの違い
モデルベース開発は開発初期段階で効果を発揮する
モデルベース開発もCAEもシミュレーションを活用するという点は共通しています。
その違いは、シミュレーションのモデル化対象の規模が異なることです。モデルベース開発は、車両システム全体をモデル化したり、エンジンシステム全体をモデル化したりします。
つまり、制御とプラントを複合した統合制御環境のシミュレーションがメインの用途になります。V字プロセスで言うと、左上の開発初期段階で最も高い効果を発揮します。
CAEは開発中期段階でより詳細な検討を行うときに使用する
CAEはモデルベース開発よりもシミュレーションする範囲は狭くなりますが、その代わりかなり詳細なシミュレーションな可能になります。
例えば、エンジンのシリンダー内の詳細な空気の流れ方やバッテリの3次元の熱の広がり方のように、非常にミクロにシミュレーションすることができます。
したがって、まずモデルベース開発で大きなシステムの性能目標がある程度決まってから、次にCAEで各コンポーネントの詳細設計に移っていくというのが理想的な開発フローとなります。
モデルベース開発とCAEのどちらを選ぶべきか
モデルベース開発を選ぶシーン
- 開発初期段階(V字プロセスの左上)で大規模システムの各性能目標をざっくり決定したいとき
- 制御と組み合わせて(MILS環境)、制御ロジックの開発に利用したいとき
- ある物理ドメインと別の物理ドメインとの相互作用を確認したいとき。例えば、熱ドメインと電気ドメインとの相互作用。バッテリの温度が上がると、内部抵抗値が上昇し電圧が低下する。
CAEを選ぶシーン
- 単一性能をより詳細にシミュレーションしたいとき
- 3次元形状の情報を入力して、シミュレーションしたいとき
- CADデータとシミュレーションを連携させたいとき
組み合わせて利用するシーン
- 車両システム全体の中の詳細に検証したい領域をCAEに置き換えてシミュレーションする。
- 例えば、モデル全体はSimulinkなどで構築し、エンジンモデルだけを3次元CAEツールに置き換えるなど。
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