モデルベース開発は自動車開発で必須の開発手法
モデルベース開発が当たり前になっている
現在の自動車開発では、モデルベース開発を適用することが当たり前になっています。
近年では、「CASE」に対応するために新しい技術開発が盛んに行われていますが、それに伴いモデルベース開発の適用も拍車が掛かっています。
特に、モデルベース開発が有効な技術領域として、Autonomous(自動化)とElectric(電動化)があります。
現在では、モデルベース開発の拡張版とも言える「デジタルツイン」への応用も期待されており、ますます注目度が高くなっています。
モデルベース開発とは?
- 実機の代わりにシミュレーションを活用する開発手法
- 開発の初期段階(V字プロセスの左側)から、PCDAサイクルを回しやすくなる
まず、モデルベース開発がどのような開発手法なのかを説明します。それは字の如く、モデル(シミュレーション)を主体として実際の自動車を開発していく手法のことを指します。
これまでは部品や車両を実際に試作して、それを評価することを繰り返しながら開発をしていました。これをモデルベースの対義語として、「実機ベース開発」と呼びます。
従来のエンジン車の場合は、実機ベース開発でも開発が進めることができていました。それは、長年の開発で蓄積された技術ノウハウがたくさんあったからです。俗に言う、経験と勘というやつですね。
エンジンのバルブタイミングをこう変えれば、燃費がよくなるだろう、点火タイミングをこう変えれば排ガスが綺麗になるだろうというこれまでの経験則に基づいて、開発の方向性が決めることができていました。
しかし、CASEによる自動化や電動化への対応となれば、その開発スタイルは一切通用しなくなります。
自動運転の技術開発ではモデルベース開発が必須
例えば、自動運転の技術開発において実機ベースは適用できません。
それは、まだ未完成の制御アルゴリズムの状態で公道試験は不可能だからです。会社の敷地内であれば走行試験をすることはできますが、毎回走行試験してアルゴリズムを修正するという開発では、開発コストも開発期間も膨大に掛かってしまい破綻します。
そのため、自動運転開発ではバーチャル空間上に歩行者、自動車、信号機などのリアルワールドに存在するオブジェクトを配置し、その環境をベースに開発を進めていきます。
電気車はエンジン車と異なりノウハウの蓄積が少ない
また、電動化に対してもモデルベース開発は必須です。エンジンと異なり、バッテリやモータの技術ノウハウはまだまだ少ないです。
そのため、経験と勘を頼りにした開発ではなく、物理特性を反映させたシミュレーション環境を用いて開発の初期段階からPDCAサイクルを回してシステム設計を進めていく必要があります。
現役の自動車開発エンジニアが解説
私は現役の自動車開発エンジニアであり、現在は某自動車メーカーで開発職をしています。
入社以来モデルベース開発に関わる仕事をずっとしているため、そんメリットやデメリットについては知見があります。以下では、モデルベース開発のメリットとデメリットについて詳しく解説をしていきます。
モデルベース開発のメリット
モデルベース開発を適用するメリットは2つあります。詳細は以下で説明します。
- 商品性を向上させることができる
- 開発コスト・期間を短縮することができる
- エンジニアの頭の中にあるノウハウを資産化して共有化できる
メリット①:商品性を向上させることができる
1つ目のメリットは、製品の商品性を向上させることができるという点です。商品性とは、自動車で言えば燃費性能や快適性能や走行性能などのお客様に対する魅力に該当する部分になります。
では、なぜモデルベース開発を適用すれば商品性が向上させられるのでしょうか?それは実機ベース開発よりも開発初期段階から車両システム全体を意識した開発ができるからです。
一般的に、自動車開発はV字プロセスという流れに沿って開発が進んでいきます。
実機ベース開発では試作後のV字の右側でしか車両全体の評価をすることができません。一方、モデルベース開発の場合は、試作機のないV字の左側からモデルという仮想の車両を使ってシステム全体を意識した開発ができるのです。
その結果として、背反する複数の性能を上手に最適化しやすくなり、商品性の向上につながっていきます。
メリット②:開発コスト/期間を短縮することができる
2つ目のメリットは、開発期間を短縮することができるという点です。
実機ベース開発では、実機評価が開発の主体になるのでどうしても開発コストも期間も増えてしまいます。試作機を1台作るためには莫大なコストと時間が掛かります。しかも、試作機は開発の中で複数用意する必要があります。
そこで、モデルベース開発を適用することにより、試作回数を低減し開発コスト・期間の短縮が期待できます。V字プロセスの左側でモデルという仮想の試作でシステム設計・部品設計を作り込むことにより、実際の試作回数を減らすことができます。
試作回数を0にすることは難しいですが、1回でも減らすことができれば開発に大きな影響を与えることができます。
モデルベース開発のデメリット
デメリット①:モデルの構築に時間が掛かる
モデルベース開発のデメリットの1つ目は、モデル(シミュレーション環境)の構築に時間が掛かるということです。モデルベース開発は、軌道に乗せるまでは最も大変です。
V字プロセスの左側から質の高い検討をするためには、それ相応のモデルが必要になります。車両システム全体をモデルで検討しようと思えば、それだけの領域をカバーできるだけのモデルが必要になります。
また、検討に用いるモデルはシミュレーションできれば何でもいいというわけではありません。実際の自動車内部で起こっている物理現象のメカニズムを反映させなければなりません。仮に、推定精度の低いモデルで検討をすると、実際に試作機評価で狙い通りの結果にならず、結局開発の手戻りが発生します。
したがって、V字の左側をモデルベースで進めて、開発の手戻りなくV字の右側に移行していくためには、質・量ともに十分なモデルが要求されるのです。
デメリット②:モデルの管理に手間が掛かる
2つ目のデメリットは、モデルの管理に手間が掛かることです。
モデルベース開発をしているとよくあることですが、モデルを別の機種や仕様に派生させることが度々あります。そのようなことを繰り返していると、構造は似ているのにパラメータの値が異なるモデル群が大量に出来てきます。
派生開発をするにあたって、モデルの管理をしっかりやっておかないと、モデルと派生対象の対応関係がわからなくなっていきます。
また、検討結果とその出典元になったモデルとのトレーサビリティを取ることも重要です。トレーサビリティが取れないと、後からどのモデルのどんな条件で計算した結果だっけ?ということになり、結果の信頼性が揺らいでしまいます。
モデルの性能を決める3つの因子
最後に、モデルベース開発で使用するモデルの性能を決める上で、重要な3つの因子について解説します。
実機計測データに対する推定精度
1つ目は、実機の計測データに対する推定精度です。
モデルの推定精度は質の高い机上検討を行うために非常に重要な因子になります。精度を高めるためには実際に起きている物理現象を如何に正確にモデルに反映できるかが決めてとなります。
例えば、車両モデルに空気抵抗という物理現象を無視したモデルを作ったとしましょう。そのモデルは低速域では実車と挙動がよく一致しますが、空気抵抗が無視できなくなる高速域ではだんだん誤差が大きくなっていくでしょう。
このように、実機で起きている現象を織り込んでいくことが精度向上には必要不可欠です。
シミュレーションの実行速度
2つ目は、シミュレーションの実行速度です。
一般的に、推定精度と実行速度はトレードオフ関係になりやすいです。いくら精度の高いモデルがあったとしても、1つのシミュレーションに1日も掛かっていては開発の効率は落ちてしまいます。
理想は、速くて高精度なモデルであることです。実行速度を上げるためには、詳細にモデルを作り込む部分と抽象化する部分のメリハリをしっかり持たせることです。
クルマ1台分のモデルがあったとして、すべての部品を詳細に作り込む必要はまったくありません。自分の見たい部分だけを詳細化して、残りの境界条件のあたる部分はあえて抽象化することにより、精度と速度のバランスを取っていくことが大切です。
複数の対象や環境条件の変更に対応できる汎用性
3つ目は、モデルの汎用性です。
汎用性については、上記2つの因子よりイメージしにくい方もいらっしゃるかと思います。その意味は、どれだけ広い条件に対してモデルが適用可能かということです。
例えば、ある車種(車重など)のある条件(走行モード、外気温度など)に完全に一致するが、条件を変えた途端まったく一致しなくなるモデルがあったとします。そのモデルは汎用性は低いモデルです。汎用性が低ければ車種や条件ごとにモデルを作成しなければならず、モデル管理も複雑になり、モデル作成工数も無駄に掛かってしまいます。
一方、汎用性の高いモデルとは、パラメータを任意の値に変更してもそれ相応に出力も変化し、実機データとよく一致するモデルのことを指します。
汎用性の高いモデルを作るためには、統計モデリングよりも物理モデリングが向いています。
モデルベース開発によく用いられるツール
ここからは、モデルベース開発によく使われるモデリングツールを紹介します。
- MATLAB/Simulink
- GT-SUITE/GT-POWER
- Amesim
MATLAB/Simulinkは最も自動車開発で用いられるツール
最も自動車開発における使われているツールは「MATLAB/Simulink」です。これはアメリカのMathWorks社が開発しているツールです。
信号線を自由に結線することによって、自由度の高いモデリングが可能です。
MALAB/SimulinkはMILSやSILSなどのプラントモデルと制御モデルを組みわせた統合検証環境のプラットフォームに用いられることが多いです。
GT-SUITE/GT-POWERはパワートレイン領域に特化
GT-SUITE/GT-POWERはアメリカのGamma Technologiesが開発しているプラントモデリングツールです。
GT-SUITEはパワートレイン領域(エンジン、バッテリ)や空調領域(冷凍サイクル、ヒートポンプサイクル)のモデルベース開発でよく使用されています。その中でも、GT-POWERは燃焼室まわりの開発に特化したライブラリが入っています。
Amesimは車両全体のドメインを網羅的にカバー
AmesimはドイツのSiemensが開発しているプラントモデリングツールです。
GT-SUITEやGT-POWERと位置付けが似ていますが、Amesimはパワートレインに特化というよりは車両全体のドメインを幅広くカバーしている印象があります。
油圧流体ドメインや燃料電池ドメインがライブラリの中に入っているので、油圧設計やFCV開発にも使いやすいのが特徴です。
要約
今回の記事の内容を以下に要約します。
- CASE対応を見据えて、自動車開発へのモデルベース開発の適用は必須になっている
- 特に、Autonomous(自動化)とElectric(電動化)は必要不可欠な技術領域
モデルベース開発のメリットは
- 商品性の向上が期待できる
- 試作回数が減り、開発コスト・期間の短縮が期待できる
一方、デメリットは
- 高精度なモデルの構築には、時間と技術力が必要になる
- 派生開発に適用すると、モデルの管理に手間が掛かる
モデルの性能を決める重要な因子は
- 実機の挙動を再現するための推定精度
- 早くPDCAサイクルを回して机上検討を進めるための実行速度
- 任意のパラメータの変更に対応できる汎用性
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