MILS、HILSそれぞれに要求されるプラントモデルの機能について説明をしていきます。本編に入る前に、簡単のMILSとHILSの概要を説明します。
MILSとはModel in the Loop Simulationの略称で、モデルで記述したコントローラ(制御)モデルとモデルで記述したプラント(制御対象)モデルを結合したモデル環境を指します。一方、HILSとはHardware in the Loop Simulationの略称で、実物のECUとモデルで記述したプラントモデルを結合したモデル環境です。
開発エンジニアは、図1で示すV字プロセスの左上でMILS、右上でHILSを適用することにより、効率的に開発を進めていきます。

MILSのプラントモデルはが汎用性が重要
MILSのプラントモデルに求められる要件は、精度よりも汎用性です。

図2で示すように、MILSのプラントモデルに要求されるのは、物理モデルで記述されていて高い汎用性を有していることです。ここでのモデル汎用性の定義は、モデルパラメータの変更に対して汎用性があるということです。
MILSを使ったシステム設計フロー
システム設計では、様々シーンをモデルで再現してシミュレーションを繰り返す必要があります。したがって、MILSでは①走行モード、②外気温度、③標高などの環境パラメータを変化させて、任意の条件に対して各性能が成立するシステムを設計していきます。
今回は上記の3点について以下で詳細を説明しますが、他にも部品の設計パラメータ(質量、体積、長さ、直径など)を変えてシミュレーションするケースもたくさんあるため、やはりMILSに用いるプラントモデルは物理モデルであることが必須です。
走行モード別の検証
自動車のシステム設計において、WLTC、NEDC、FTP、US06などの仕向地に応じた走行モードでシステムの成立性を検証することが必要不可欠です。また、走行モードとは別に、アクセル全開走行や登坂走行などの特殊なケースも検証していきます。そのときに走行モードが変わると、車両に対する負荷が変化します。
走行モードが変われば、空気抵抗が変化しますし、登坂走行になれば、車両には勾配抵抗が加わります。したがって、プラントモデル側もその変化に対応した状態量が出力されなければなりません。つまり、車両モデルは物理モデルでモデリングし、そのパラメータに車重や勾配などが定義されている必要があるのです。
外気温度別の検証
外気温度もシステム設計において非常に重要なパラメータです。自動車は世界中で使用されるため、各地の気候にも対応しなければなりません。そのため、外気温度は−30〜50℃程度の幅広い温度帯で検証をします。
例えば、冷却回路モデルであれば外気温度によってラジエータ放熱量が大きく左右されます。当然、ラジエータ放熱量が変われば、冷却水の温度も影響を受けるため熱マネジメント設計にも大きなインパクトを与えます。
したがって、MILSで用いる冷却回路モデルは伝熱工学に基づいて物理モデリングされていなければならないのです。物理モデリングされていれば、任意の外気温度に対して放熱量を物理法則に則って計算することができます。
標高別の検証
標高の変化は大気圧の変化につながります。そして、大気圧が変われば空気の密度が変わります。したがって、標高の変化は流体領域のモデルの出力結果に影響を与えます。
例えば、エンジンは標高の影響を受けます。エンジンは大気中の酸素とインジェクタから噴射するガソリンを化学反応させてトルクを発生させます。大気圧が下がれば酸素も密度も低下するため、標高1000mと2000mでは同じ体積流量の空気でも、その中に含まれる酸素のモル数が異なります。標高が上がれば上がるほど同体積中の酸素モル数は減少するため、反応できるガソリンの量も減少するのです。
したがって、標高が上がれば同じ量のガソリンを噴射したとしても得られるトルクは減少してしまうのです。そのような現象をMILSでも考慮しようとするなら、エンジンシステムモデルは流体力学に基づいた物理モデルでなければならないのです。
MILSに求められるプラントモデルのまとめ
今回は、MILSに適用するプラントモデルは様々なパラメータの変化に対応可能な物理モデルであることが必須条件だと説明してきました。システム設計から開発が進んで、SILSやHILSを用いるフェーズになるとプラントモデルが物理モデルであることの価値は薄れてきます。それは、システムが固まってくるとパラメータが確定し、統計モデルが使いやすくなってくるからです。
図1は自動車開発のV字プロセスを示していますが、HILSがMILS/SILSと大きく異なるのはV字の右側に位置しているということです。つまり、V字の底の部分で試作をしているので、HILSの段階では実機が存在しているのです。そのため、HILSでは実機計測を利用した統計モデルも活用できます。以下で、 HILS用プラントモデルに求められる要件について詳細を解説します。
HILSのプラントモデルは精度と速度が重要

HILSのプラントモデルに求められる要件は、モデル推定精度とシミュレーション速度です。MILSではモデルの推定精度よりも汎用性が重要でしたが、HILSでは反対に推定精度が重要です。その理由は、HILSは開発の後半に位置しているので、ここで検証した結果は生産される自動車の性能に大きな影響を与えるからです。
また、HILSでは実際のECUとプラントモデルを結合してリアルタイムシミュレーションをするので、モデルの速度も重要な要素になります。
モデル推定精度は統計モデル>物理モデル
モデルの推定精度は一般的に物理モデルよりも統計モデルに軍配が上がります。それは、統計モデルが実機を計測した結果をそのままモデルにしているからです。計測結果からモデル化しているため、モデル化誤差がなくなり精度が高くなります。
マップモデル
統計モデルで最もポピュラーなのがマップモデルと呼ばれるモデルです。例えば、エンジンでマップモデルを作成する場合、回転数とトルクを格子点上に振って燃料消費量を実機計測し、その結果をマップ化するのです。

図4はエンジンのマップモデルのイメージを示しています。図の青点の燃料消費量を回転数とトルクの2Dマップにしていけば、実機計測結果とまったく同じ値が得られます。
ディープラーニングモデル
現在トレンドになっているのが、ディープラーニングを用いた統計モデルです。ディープラーニングとはニューラルネットワークと呼ばれる人間の脳の神経回路をモデル化し、複雑な入出力関係を学習させるAI技術の1つの手法です。このディープラーニングを使って、トルク-回転数と燃料消費量の関係をモデル化します。

図5は、ディープラーニングを用いたエンジンマップモデルのイメージを示しています。入力のトルクと回転数、出力の燃料消費量の関係を中間層の部分で機械が学習していきます。
ディープラーニングモデルのメリット
ディープラーニングモデルにはマップモデルにはないメリットがあります。それは、過渡応答の部分も学習できるということです。マップモデルは基本的に定常状態の実機計測結果をモデル化しているため、過渡応答の領域は上手く再現できません。
例えば、エンジンを1000[rpm]で運転していて、そこから2000[rpm]に上げたとします。そのときに、1000[rpm]から2000[rpm]に回転数を変化させて定常状態に達するまでの過程もディープラーニングであれば学習することができるのです。その結果、過渡応答のHILS検証が可能になります。
ディープラーニングモデルのデメリット
ディープラーニングモデルのデメリットはモデル作成に非常に時間が掛かるということです。ディープラーニングでは非常に複雑な関係性を学習できる反面、学習時間も多くなります。そのため、専用の高機能計算機が必要になることもあり、導入にコストが掛かります。
モデル実行速度も統計モデル>物理モデル
モデルの実行速度についても一般的に物理モデルより統計モデルのほうが速い傾向にあります。物理モデルの場合は、モデリングしているすべての方程式が成立するように内部でイタレーション(反復計算)をしているため、システムが複雑になってくると計算負荷が大きくなります。
一方、統計モデルでは代数式でモデリングしているので、シミュレーション速度が速いというメリットもあります。
HILSに求められるプラントモデルのまとめ
HILSのプラントモデルに求められる要件はMILSの要件と対照的になります。HILSを活用するフェーズでは実機計測が始まっているので、その計測結果からマップモデルやディープラーニングモデルを構築し、高精度で高速なプラントモデルを作ることが非常に有効です。
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