自動車メーカーの研究開発職の仕事内容
- 研究開発職は、先行開発の中でも最上位に位置する
- 5年後10年後に起こる課題解決のための要素技術開発集団
- 開発テーマはボトムアップで、自分の足を使って情報をかき集めて上司に提案
研究開発職は将来に向けた要素技術開発部隊
自動車メーカーの中で研究開発職は先行開発部署の最上位に位置するポジションになります。
直近の製品に適用する技術ではなく、5年後10年後の将来を見据えたときに必要になるであろう要素技術の開発部隊です。研究開発職の仕事の進め方は量産開発の進め方とは大きく異なります。
研究開発と量産開発の仕事の進め方の違い
量産開発はある程度仕事の手順が定型化されています。例えば、自動車の量産開発であれば、コンセプト設計→システム設計→コンポーネント設計→試作→試作評価→量産準備といった順番で進みます。
それに対して、研究開発はそのテーマごとに進め方がまったく異なってきます。むしろ、開発の進め方を決めることが研究開発の1つの開発要素です。
まったく答えがわからない問いに対して、どう攻めていけばゴールに近づけるのか、これを考えることもまた非常に難しいです。
研究開発の開発テーマはボトムアップ式が多い
研究開発職では、1人ひとり開発テーマが異なります。
そのテーマは上から与えられるものではなく、ボトムアップ式が多いです。自分の足を使って社内・社外に情報をヒアリングし、本当に将来の要素技術となり得るかを自分自身で見極めていく必要があります。
詳細は後述しますが、この新規テーマ探索がなかなか骨の折れる作業で精神的に追い込まれる人も一定数います。
現役の自動車研究開発職が具体的なきつさを共有
完成車メーカーと部品メーカーの両方を経験
私は、現役の自動車研究開発職をしています。過去に自動車部品メーカーから完成車メーカーへの転職の経験があります。
どちらの会社でも研究開発職をしているので、リアルな仕事内容を以下で紹介していきます。
開発テーマが1年間決まらず精神的にきつかった
私の場合は、研究開発テーマが決まらず1年間もテーマ探索をやったことがあります。
そのときは精神的にもきつい時期がありました。今回のその当時のきつさを具体的な内容を交えて共有します。
研究開発職に要求される能力
最初は、研究開発職に求められる能力について解説します。必要な能力を3つ以下に記載します。
- 数学や物理学などの基礎的な学力
- 原因と結果の因果関係をしっかり理解・説明できる論理的思考力(説明力)
- 大学や外部研究機関に情報を探しに行く積極性
数学や物理学などの基礎的な学力
1つ目は、数学や物理学などの基礎的な学力があることです。
自動車の研究開発職では、日常的に数学や物理学を使って研究対象をモデル化(数式化)することが求められます。また、実験でデータ計測を行ったときも、それらの知識を駆使して実際に何が起こっているのかを明らかにしなければなりません。
大学などと共同研究をするときも、相手の教授の方と対応に議論しようとすれば、基礎的な学力が備わっていないと話に付いていけません。
原因と結果の因果関係をしっかり理解・説明できる論理的思考力(説明力)
2つ目は、原因と結果の因果関係を理解し、説明できる論理的思考力(説明力)です。
研究開発において重要なことは、Aという入力を与えたらBという結果が返ってきた。その間のプロセスで何か起こっているかを明らかにすることです。
そのためにはロジカルシンキングが必須の能力になります。自分で質の高い仮説を立案し、PDCAサイクルを何度も回すことによって、早く正解に近づけていきます。
また、そのプロセスを上司にわかりやすく説明できることも重要な能力の1つです。たまに、すごく仕事ができるのに説明がわかりにくい人がいますが、非常にもったいないです。初めて聞く人に対して、自分の成果をわかりやすく、正確に伝えられることは重要なスキルです。
大学や外部研究機関に情報を探しに行く積極性
3つ目は、大学や外部研究機関に情報を探しに行く積極性です。
研究開発職では、社内に知見者が誰もいないということは日常茶飯事です。なぜなら、研究開発職とは誰もやったことのない未知の要素技術を獲得する仕事だからです。
そのようなときは、大学や外部の研究開発機関と連携することが重要です。自分で研究テーマにマッチしそうな研究室を探し、メールでアポイントメントを取って、実際に出張してヒアリングをするといった積極性が求められます。
研究開発職の年収(トヨタ・ホンダ・日産・デンソー・豊田自動織機が高い)
研究開発職と言っても、特別な手当があるわけではありません。その会社の給与テーブルと照らし合わせて、年収が決まります。
自動車メーカーの中で、給与水準が高い企業はトヨタ、ホンダ、日産、デンソー、豊田自動織機の5つです。これらの企業の給与水準は他の自動車メーカーよりも頭1つか2つ抜き出ています。
残業時間は一般的に、量産開発よりも少ない傾向があります。1ヶ月の残業時間はだいたい20〜30時間がボリュームゾーンですね。
裁量労働制を採用していれば、残業時間に関わらず定額のみなし残業代が貰えますし、裁量労働制出ない場合は、その月の残業時間分の残業代が加算される仕組みです。
自動車研究開発テーマの最近のトレンド
ここからは自動車メーカーにおける研究開発テーマの最近のトレンドについて紹介します。
- 機械学習やディープラーニングなどのAI技術
- コンピュータビジョンを用いた画像処理技術
- 水素エンジンや燃料電池などのカーボンニュートラル技術
機械学習やディープラーニングを用いたAI技術
1つ目は、やはり機械学習やディープラーニングを用いたAI技術の応用です。
今はAIが自動車開発のあらゆる場所で使われています。例えば、自動運転アルゴリズム開発であれば、人や対向車をAIが判断しなければなりません。物体検知やクラスタリングなどが有名ですね。
また、部品形状の最適化などにもAIが活用されていて、軽くて強い形状をAIが探索してくれたりします。
コンピュータビジョンを応用した検査工程の自動化
2つ目は、今流行りのコンピュータビジョンを応用した生産現場の検査工程の自動化です。
コンピュータビジョンとは、コンピュータグラフィックスと対照的な位置付けであり、2Dの画像から3Dの情報を引き出して、その情報を利活用する技術です。
例えば、カメラで撮影した画像から物体の位置や奥行きをコンピュータビジョンを使って推定します。次に、その情報を基にロボットが物体を掴むことができれば、ピッキング作業を自動化することができます。
カーボンニュートラルに向けたクリーンエネルギー技術
3つ目は、カーボンニュートラルに向けたクリーンエネルギー技術です。


有名な技術としては、燃料電池や水素エンジンなどがあります。他にもアンモニアを使った技術開発も最近では出てきていますね。
また、材料開発なども研究開発では活発にされています。次世代モータに使用する磁気材料開発や車体の軽量化に寄与する樹脂開発などがあります。
特に、電気自動車では航続距離の短さがネックになっているので、出来る限り車体を軽量化したいというニーズが強く存在します。
実際に経験した研究開発テーマが決まるまでの流れ
ここからは、自分が実際に経験した研究開発職の仕事の流れについて紹介します。今回は、新規テーマをどのように見つけていくかという部分に焦点を当てて話します。
取り巻く環境の変化から新規テーマのアイデアを創出
まずは、取り巻く環境の変化から新規テーマのアイデアを創出します。
取り巻く環境の変化とは、人口の変化や各国の規制などです。例えば、日本は人口減少が進みますが、世界的に見れば人口は増加していきます。また、各国のCO2規制は年々厳しくなっていくでしょう。
このように、取り巻く環境が変化すれば、当然必要となる技術も変化していきます。
日本国内では高齢化が問題になり、その解決策として自動運転技術がマッチ
例えば、日本国内であれば今後問題になるのは「高齢化社会」です。高齢化社会に対してマッチする技術は、「自動運転技術」ですね。現在は、高齢者の交通事故の割合が増加しているため、それを自動運転技術で補うことができれば、高齢者が安全に自動車で移動ができ、生活の質も向上します。
世界人口は今後も増え続けるため、食糧不足や水不足が課題となる
世界人口は今後も増え続けます。世界人口が増えれば問題になるのは、食糧不足です。食糧不足を解決するソリューションとして、農業の自動化があります。
農業を自動化するためには、機械が自動で耕作・水やり・肥料・収穫をしなければなりません。そのために必要な要素技術は、畑の敷地内で自分がどこにいるのかを判断するための「自己位置推定技術」や「農作物の色や形から収穫時期を予測する技術」などが必要になります。
排ガス規制が強化されれば、水素やアンモニアなどのクリーンエネルギーが重要
また、排ガス規制が強化されるのであれば、水素やアンモニアに関連するクリーンエネルギーの要素技術が必要ですよね。
上記で、農業の自動化と言いましたが、自動車メーカーの研究開発ではあまり自動車だけに適用することにこだわりません。もっと幅広い分野に適用できる技術として、当然農業などもスコープに入れています。
フィジビリティスタディ(実行可能性調査)でPDCAサイクルを回す
ある程度アイデアが出れば、次はフィジビリティスタディをします。フィジビリティスタディとは実行可能性調査のことであり、簡単にトライをしてみて新規テーマになりそうかどうかを見極めます。
正式にテーマとして、進めてから撤退となれば非常に高いコストが掛かってしまうので、簡単なPDCAサイクルで致命的な課題がないかどうかを先に確認します。
ここで、本当にやる価値がありそうなテーマが次のステップに進みます。しかし、大半の企画は上司からのGOサインが出ずに、このフィジビリティの時点で終わりとなります。
そうなると、再び新規テーマ探索からやり直しになります。私の場合は、これを1年間繰り返した過去があり精神的にきつかったです。
共同研究先(大学や外部研究機関など)の候補探し
芽がありそうがテーマは、共同研究先の候補探しに進みます。
新規テーマでは、社内に知見を持っている人がいないので、社外からスキルを獲得するという作業が必要不可欠です。そのときに利用するのが、大学や外部研究機関(産業総合研究所など)です。
実際にアポを取って相手の先生と打ち合わせを実施し、研究内容がマッチしているか、共同研究ができるかどうかをすり合わせします。
正式に共同研究するのであれば、秘密保持契約(NDA)を締結して、正式に新規テーマとして採用です。
マイルストーンを置きながら目標に向かって開発
新規テーマとして正式スタートすれば、後は定期的にマイルストーンを置きながら開発していきます。
開発の進捗を定期的に役員に報告しながら、方向性を見失わないように進めることが重要です。共同研究先とは、1ヶ月に1回の定例会をやったり、出向という形で研究室で仕事をしたりといろいろなケースがあります。
研究開発で最もきついのは新規開発テーマを決める部分
テーマが決まらず精神的なプレッシャーが日に日に大きくなる
研究開発職で1番きつい部分は新規開発テーマを自分で設定し、軌道に乗せるまでです。
私の場合は、このテーマ決めに1年間も掛かりました。来る日も来る日も会社のデスクでテーマ探索をしていると、生産性がまったくない仕事をしているというプレッシャーがしだいに強くなり、精神的にもきつかったです。
まわりの研究員もなかなかテーマが決まらず、精神的につらくなってしまい、休職してしまう方もいました。
自分が考えたテーマ案を上司に説明しても、なかなかGOサインは出ません。新規性が弱い、社内での波及効果が弱い、費用対効果が見合っていないなどの様々な理由から、開発テーマの正式採用が見送られます。
研究開発職は個人プレーなため孤独感が強い
研究開発職は個人プレーになるので、非常に孤独感が強い職種です。新規テーマ探索が振り出しに戻っても、誰も助けてくれる人はいません。また自分で取り巻く環境の変化に立ち返って0からアイデアを捻り出すところからスタートです。
したがって、研究開発職のきつさは上司を納得させる研究開発テーマを企画するところにあります。誰も正解がわからない未来の課題に対して、いろんな材料から説得力を増して相手をなるほどと言わせる企画を立案することは非常に難しく、精神的にも追い詰められることが多いですね。
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